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第22話 帰国(1)

 十二時間以上に及ぶ長旅を終え、テラは本当に超特急で帰ってきた。  帝都ホテルのペントハウスに一旦、戻るなり、書類を携えてすぐにハナの家にきたテラは、「明はいるか?」と三が日の開けた四日の午後に訪ねてくるなり尋ねると、ハナには半ば目もくれず、明と何やら込み入った話をはじめた。  ハナは、邪魔になりやしないかと不安になり、キッチンへ一度、引っ込んで、ミルクティーを淹れて、テラのお土産のスコーンを添えて、応接室へ持っていった。  奥の書斎での話し声が、かすかに聞こえるだけの応接室で、ハナはテラの態度に、不安になり震えていた。ロンドンへ帰っている間に、恋心が冷めたんじゃなかろうか、と後ろ向きな考えが脳裏を過る。そんな思いを抱くなど、テラに失礼だと思い直すが、テラはとてもああいったことに慣れているように見受けられたし、日本と違う空気を吸って、気が変わったとしても、責められない。 「じゃあ、そういうことで、よろしく頼む、明」 「頼まれるのはいいが、本気か? 俺はかまわないが、ハナにちゃんと言えよ」  書斎から出てきた二人が、ハナを見ると、互いに少し気まずそうな顔をした。テラは恥ずかしそうに後頭部を掻いて、左右へ視線を流したあとで、やっとハナのことをまっすぐ見た。 「ハナ、少し話がある」 「はい……」 「じゃ、俺はこれで」  明がひょいと手を上げて去ろうとすると、テラが引き止めた。 「きみもいてくれ、明」 「何でだよ」 「何でもだ」  ハナは嫌な予感がした。明を交えて、テラと三人で話すことなど、別れ話以外に見当がつかない。でも、もしも気が変わったなら、はっきりと言って欲しかった。身体に付いている愛咬の痕は薄くなり、ほぼ治りかけていたが、それらが残らず消えたとしても、テラを愛した事実は消えない。だから、それを抱えて生きていける、とすら思った。 「何、でしょう……? 大事な話ですか?」  声が震えそうなのを、何とか耐える。  テラに切り出しにくくさせても、何の得にもならないし、自分がみじめになるだけだ。  すると、テラは首を傾げて、ハナをじっと凝視したあとで、ハナの前に跪いた。 「テラ……ッ?」  慌てたハナの左手を取り、くちづけを落として、言う。 「きみの左手の薬指を、わたしにくれないか」 「え?」 「わたしと、結婚してほしい。ハナ」  言って、テラはいつの間にか、掌の上にリングケースを乗せて、ハナを仰いだ。 「っ……」  開かれたリングケースの真ん中には、小さなダイヤをあしらったシルバーリング。  それを目にした途端、ハナは。ぶわっと身体中の熱が、顔に集まるのを感じた。

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