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第22話 帰国(2)
「あの、ぼ、ぼくは……っ」
いいのだろうか。
オメガだけれど、いいのだろうか。
様々な疑念が脳裏を過ぎり、ハナの喉の奥に飲み込まれていく。テラのようなアルファと、人生を歩めたらと夢想することはあったが、まだ先のことはわからない、と自分を戒めていた。
「これは我が家に代々、伝わるものだ。きみの左手の薬指に、嵌めさせてほしい」
「……っ」
「嫌か……?」
ハナの態度に何かを感じたテラの表情が、一瞬、不安に曇る。
「い、やでは、ない、です、その、あの」
胸がいっぱいで、返事ができない。返事をしていいのかどうかわからない。思わず視線を彷徨わせたが、大人になったのだから、誰の顔色を伺うことも必要なく、自分で決めていいのだ、と気づく。
「はっきり言ってくれてかまわない。きみを好きになった時から、いつかはこうしようと思っていた。答えを聞かせてくれ」
テラは表情に陰りを見せて、不安そうにハナを仰いだ。射るほど真剣な眼差しに、ハナの心は嵐のように揺れ動いた。
「ぼくで、ぼくでよければ……はい。はい」
万感の想いを込めて頷くと、テラの顔がぱっと輝く。
ハナは、溢れてきた嬉し涙を、鼻をすすって耐えると、「泣かすなよ、テラ」とボソッと明の不機嫌そうな声がした。
「俺ですらハナを泣かしたことなんて、ないんだからな」
「明、きみには「つがいの儀」で見届け役をお願いしたい」
ハナの薬指に指輪を嵌めると、テラはその手を取って、あらためて明に向き直った。
テラの言う「つがいの儀」とは、平たく言えば結婚式の代わりの儀式である。アルファとオメガが正式につがいとなる時、うなじを噛んだかどうかを見届け役が確認したあとで、招待客に報告し、無礼講となる。つがいとなった二人はそのまま初夜のベッドへ入るのだが、見届け役はその閨に入ることが許される、唯一の人間なのだ。
「匂いが変わったと思ったら、そういうことか」
そうひとりごちた明に、ハナは引っかかりを覚えて顔を向けると、「テラと仲良くしたんだろ?」と下世話な表現で尋ねられた。
「に、兄さん、あの、そのっ……」
ハナは、頷く前に、そういえば、年が明けてだいぶ経つにもかかわらず、テラと結ばれたことを兄に報告していなかったことに気づいた。慌てて言葉を選ぼうとしたら、明はぷいと横を向いて、片手をひらっと振った。
「わかってるから皆まで言うな。お前の匂いが変わったことぐらい、アルファならわかる。でも、まだうなじは噛んでないんだろ? そういうことだよな? テラ」
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