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第22話 帰国(4)
「ぼく、てっきり……」
「ん?」
テラが優しく問いかけてくれるので、思わず本音が漏れた。
「別れを切り出されるのかと……」
言った途端に、テラは不機嫌極まりない顔になった。
「なぜそう思うんだ」
「あなたに、ぼくが相応しい人なのか、ずっと不安で。テラは、何でもできて、努力しても足元にも及ばないぐらい、凄いのに、ぼくは、全然そんなことないし……。それに、あんなに嫌がっていたのに、本当にぼくみたいな男のオメガでいいのかなって」
ハナが思い切って告白すると、テラは怜悧なアルファの顔になった。
「今回は許すが、もう二度と、わたしの前で、好きな人の悪口を言うのはなしだ」
「好き、な、人……」
「きみのことだ、ハナ。きみは比較対象を間違えている。きみほどわたしを理解しようと努めてくれる人はいないし、きみほどわたしを支えようとしてくれる人もいない。きみが比較すべきは、わたしではない。不安になるのは理解できるが、きみほどわたしを愛してくれる人は、いない。そういうことだ」
「それは、その、重くないですか?」
面倒なことを言っている自覚はあった。好きになればなるほど、テラの全部を手に入れたいと思う。確証を得ても、未来に不安は残る。
「重さを比較すれば、わたしの方が重いかもしれないぞ」
「え?」
テラはソファにいるハナの隣りに座ると、スマートフォンを何回かタップした。ずらりと並んでいる写真から、最新のものを選ぶと、「これがロンドンでのわたしだ」と、ハナに見せる。
自撮りらしい角度で、黒い太枠の眼鏡を掛けたテラが写っていた。画面をスワイプしていくと、地味なコートにマフラー姿で、全部自撮りで、周囲に溶け込んでいる。誰にも気にされず、どこかギーク然とした出で立ちに、ハナは驚いた。
「これが、テラ……?」
「そう、わたしだ。きみが嫉妬するようなオメガは寄ってこないし、そもそもこの格好で歩いていると、地味すぎて誰にも気づかれない。向こうでは勉強ばかりで、華やかなこととは縁がなかった。ああ、これが父だ」
テラ以外の、壮年の男性が写っているのを見て、そのブルーアイズと白金の髪がテラにそっくりなのに、驚く。シルバーフレームの眼鏡が、よく似合っている。
「あなたに……よく似てますね、テラ」
感想を述べると、テラは苦笑した。
「残念ながら、わたしには、彼の遺伝子が濃く出たんだ」
テラはハナにスマホを自由に弄らせながら、ソファの背にもたれかかり、溜め息をついた。
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