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第22話 帰国(5)

「ロンドンでおみやげを用意しようとしたんだが、結局、ホテルのスコーンになってしまった。どうにもきみのことばかりが気になり過ぎてね。観光する時間もないし、行く先々できみのことを考えながら、撮り溜めたんだ。もしもきみが、わたしがどうしているかに想いを馳せていたら、嬉しいと思ってね」 「テラ……」 「自分がロマンチストなのだと、初めて気づいた。きみがいるせいで」  おどけて言ってみせるテラの愛情の深さに、ハナはじんと胸が高鳴った。 「あなたが無事に帰ってくるのが、一番のおみやげです」  思い切って告げると、「可愛いことを言うようになった」と言われ、髪を梳かれる。 「……そういえば、きみのことを父に報告したが」  テラによると、オメガとの結婚に、テラの父は、はじめ難色を示したそうだ。  だが、テラが梃子でも動かないと知ると、諦めの色を浮かべ、言った。 「後悔だけはするなよ」  と。 「わたしは父に尋ねた。母と結ばれたことを、後悔したか、とね」 「はい……」 「そうしたら、一度として悔いたことはないと、返ってきた。わたしも、何だかそれを聞いたら、長年のわだかまりが解けた気がした」  テラは、イギリスに滞在中に起きた出来事について、色々話をしてくれた。ロンドンは冬になると、午後三時過ぎには日が暮れること。おみやげに悩みすぎて、偶然入った店で、フィッシュ&チップスを食べながら、三十分ぐらい、これを飛行機で持ち帰ることは可能か考えたこと。シティを文字通り走りながら、父の痕跡を辿って、三時間も彷徨い、やっと捕まえられたこと。 「わたしは父を長いこと、あまり許せていなかったのかもしれない。だが、気づいてみれば、彼とちゃんと話そうとしなかったのは、わたしも同じだった。そのことに気づけただけでも、今回の旅は収穫があった。父が、きみと逢う日を楽しみにしていると伝えてくれと言っていた」  走り回って収穫を得たので、超特急で帰ってくることにした、と肩をすくめるテラに、ハナはそっと寄り添い、恐るおそるテラの手に手を重ねてみた。左手の指輪が、燦然と輝いている。これに恥じない人間になろう、とハナはあらためて心に誓った。 「ぼくも、楽しみです。あなたの家族に逢えるのが」 「わたしとの逢瀬も、楽しんでくれるとよいのだが」 「もちろんです」  テラがハナの手をぎゅっと握り締めた。  ハナの方に少し体重を移動させ、互いに寄り添い合う形になる。 「ハナ、キスをしても?」 「えっ」 「車の中じゃない。止まっている」 「だ、ダメです。応接室ではダメです」 「つまらん」  久しぶりの冗談に、ドキドキしながらハナが思わず笑うと、テラもまた微笑んで、ハナをそっと抱き寄せた。

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