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【2】
シャワーを浴びたはずの肌がしっとりと汗ばんでいる。羽織っていたバスローブが肩から落ち、腰紐がかろうじて完全に脱げてしまうのを防いでいた。捲りあげられたローブの中からは、グチュグチュと卑猥な水音が漏れている。
「んぁぁ……夏生っ。いきなり……ん、もう……やだぁ」
「智也がいけないんだろ? こんな格好で出てくるから……」
「シャワ……浴びて、た……ん……っふ! 奥……深いっ」
端正な顔立ち、穏やかな表情、誰にでも人当たりのいい男。でも、俺に対しては貪欲でセックスも激しい。バスルームから出たところで、タイミングよく帰宅した夏生と目が合った。俺が「おかえり」というのが早いか、彼がコートとジャケットを脱ぎ捨てて、ベルトを緩めるのが早いか。あっという間に壁に押し付けられて背後から挿入された。何の準備もしていないのに、夏生のペニスがガチガチに硬くなっていたのには驚いた。
毎日顔を合わせているのに、発情してくれる最愛の彼氏……。
後ろから激しく突き上げられ、壁に爪を立てながら声をあげる。完全防音とは言えないが、俺が以前住んでいたアパートに比べれば格段に壁は厚い。それにしても……。たとえバスルームで盛っても、必ず寝室に連れて行ってくれる夏生が廊下で――しかも、帰宅したそのままの格好で俺を抱くなんてことが、今まであっただろうか。
強烈な快感を与えられながらも、俺は肩越しに振り返って彼を見つめた。眉間に深く刻まれた皺、荒い息の合間にキュッと噛みしめられる唇。乱れた髪もそのままに俺を抱く夏生の顔には、見たことのない疲れが浮かんでいた。
「な……つ、おっ」
「――智也っ。あい……してる。どんなことが、あっても……離さない、からっ」
前に回された夏生の手が、淫らに蜜を垂れ流す俺のペニスをやんわりと握り上下に扱きあげる。先端の割れ目に爪を食い込まされ、その甘ったるい痺れに体を小刻みに震わせた。
「ちょ……っ。お前、なにか……変っ。なに……か、あったのか?――んあぁぁ!」
問いかけを誤魔化すかのように夏生のペニスが深い場所を抉った瞬間、俺は腰にわだかまっていた熱が一気に体中を駆け巡り、呆気なく達してしまった。夏生の手を濡らした白濁が一滴、また一滴とフローリングを汚していく。その直後、夏生の猛りが俺の中で弾けた。最奥を叩く熱いものに腰が跳ねる。奥まで咥えこんでいる彼のペニスを食い締め、残滓までも吸い取ろうとする自身の浅ましさに茫然とする。
吐精と同時に動きを止め、俺の背中に額を押し当てて呼吸を整えていた夏生がボソリと呟いた。
「ごめん……」
腹の底から吐き出すような重々しい声に、俺は俯いたまま問うた。
「何があったんだよ……。お前らしくない……」
「ん……」
「俺に……言えない、こと?」
息を弾ませながら肩越しに見つめた俺に、ゆっくりと顔を上げた夏生は悲しそうな顔で言った。
「――アイス、買い忘れた」
「は?」
「お前に早く逢いたくて……」
途端にそれまで踏ん張っていた俺の膝がカクンと折れ、そこに崩れそうになるのを夏生の手が支えた。緊張の糸がプツンと音を立てて切れた瞬間、猛烈な疲労と脱力感に襲われる。
「そんなことかよ……。俺はてっきり会社で何かあったのかと……」
「会社なんか、どぅ―でもいい。俺は智也が一番大事っ」
吐き出してもなお、まだ力を保ったままの夏生のペニスが俺の中でグッと質量を増していく。その圧迫感に息を呑んだが、動いたことで挿入角度が変わり、いい場所を掠めている先端に呆気なく吐息してしまう。
仕事はスマートにこなし、誰からも慕われる有能な会社役員。でも、俺の前ではどこか天然でヌケ感がハンパない。時にどちらが年上なのかと頭を抱えるほどの溺愛ぶりを見せる。
「夏生っ! さっさと抜け……あ、当たって、る……っ」
「ん? 何が? 何が当たってるの?」
「お前なぁ……。分かっててトボけるの、やめろっ」
未だに目を潤ませ、上目使いで俺を見つめている夏生だが、ゆっくりと腰をグラインドさせながら的確にいい場所を攻めてくる。脱力した拍子に静まった熱が再び熾され、息が上がってくる。
「も……やめっ。なつ……おっ! あぁ……はぁ、はぁ……も、マジで……やらぁ!」
今度は俺が目を潤ませる番だった。浅い場所を焦らすように何度も擦りあげる。そのもどかしさに、壁に手をついて腰を振る。夏生とのセックスは、どちらに主導権があるのか分からない。俺に甘えて油断した隙に、掌を返したように意地悪く攻める。ウサギの皮を被った野獣――まさに彼のことだ。
「許してくれる? バニラアイス……のこと」
「許す……! 許すから……抜いてっ」
「もう……抜けなくなっちゃった。智也のなか……きもち、よくて……っ」
一度出したモノが彼の抽挿によって掻き出され、濡れた音を立てる。泡立った精液が腿を伝い落ちる感触にさえゾクゾクと身を震わせてしまう。これほど自分の体と相性のいいペニスはない。これを失うくらいなら死んでもいいとさえ思えてくる。
「あぁ……堪らないっ。智也……また、イキそぅ」
「ハァ、ハァ……俺もっ。あぁ……そこ、ばっかり……やだぁ」
次々と背筋を這いあがってくる快感に激しく首を振りながら、自身のペニスの先端から白濁交じりの蜜を溢れさせる。糸を引きながら落ちるその光景を見るたびに、羞恥とそれまで隠してきた淫乱な部分が頭を擡げる。夏生に乱されるなら構わない。どんなビッチよりもエロくなってやる……。
「夏生……お口に、ちょ……らい」
誘うように唇を舐めながら振り返った俺にまんざらでもないような笑みを浮かべ、彼はいっそう激しく突き上げた後でぎっちりと後孔に食い込んでいるペニスを引き抜いた。
「あぁんっ」
力なく床に座り込んだ俺の顔に雄の匂いを纏った長大なペニスを近づけると、彼は自身の手で数回扱きあげ二度目とは思えないほどの大量の精を放った。
舌先を伸ばしてその精を受け取ると、先程まで俺の体内にあったものが舌の粘膜を刺激する。それだけでは我慢出来ず、青い匂いを発するペニスを咥えて先端を吸い上げながら舌で愛撫する。
「ん――っふ。智……也……はぁ、はぁ……っ」
恍惚の表情を浮かべる夏生のワイシャツは汗でしっとりと濡れてはいる。だが、スラックスも穿いたままで、一見すると着衣に乱れはないように見える。禁欲的なスーツ姿で犯されているように錯覚し、俺は脚を開き膝をM字に曲げたまま、自身に触れることなく射精した。
「――おいしい」
唇に残った残滓を味わうように舐めとった俺を見下ろした夏生は嬉しそうに笑った。
「バニラアイスよりも?」
「うん……。何倍も、美味しい」
「美味しいモノ食べた時の智也の顔……堪らなく好き。その顔、俺以外に見せたら許さないからな」
白濁交じりの唾液を纏わせたまま引き抜かれる夏生のペニスをうっとりしながら見つめていた俺の唇が不意に塞がれる。彼の舌が動くたびに、口内に残っていた精液が敏感になっている粘膜に擦り込まれていくようでビクッと肩を震わせた。唇の端から流れ落ちた唾液にも構うことなく、夏生は一心不乱に俺の唇を貪っている。
「好き……。智也、好き……」
呪文のように何度も囁く夏生。俺はやっと戻り始めた理性によって顔が熱くなるのを感じた。
ふっと何の前触れもなく離れていく唇に寂しさを感じて、上目使いで睨みつける。夏生は慌てたように身支度を整えると、財布とスマートフォンをコートのポケットに突っこんで靴を履き始めた。
「――どこ行くんだよ」
「コンビニ。やっぱり、買ってくる!」
バタンと音を立てて閉まったドアをぼんやりと見つめ、俺はガクッと項垂れたまま呟いた。
「どんだけ……バカ真面目っ」
でも、憎めない。それどころか年上なのに愛おしくて仕方がない。それが、時々怖くなる時もある。もし、夏生に別れを切り出されたら……。そう思うと少しだけ心が曇る。男同士の恋愛は最初から不毛だと分かっている。皆が憧れる幸せな生活は望めない。社会的地位がある者であれば、それは一層厳しい枷となる。
俺のせいで夏生が苦しむ姿は見たくない。でも……離れられない。
「俺って……ワガママなんだよなぁ」
天井を仰ぐ様に見つめた俺は大きなくしゃみをすると、そのまま項垂れた。
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