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第8話
△
「さくら。」
放課後、春が教室にきた。
あれ、最近はる来ていなかったからなんか、珍し。
「.................。」
ん?
春に視線を向けると、後ろで小さく可愛らしい男どもが此方を向いて騒いでいる。
なんだ。お前もか。
俺の机までゆっくり歩いてきた同室者を見上げて、俺はため息を吐いた。
「...なんだよ。」
春の男らしい綺麗な眉が片方引き上がる。
「......別に、もしかして春にもファンクラブ的なのあるの?」
俺は、鞄に荷物を詰めながらてきとうに喋った。
「は?」
何言ってるみたいな顔で見下ろされたので俺は適当に流した。
こういう時の春はちょっと怖い。
見た目は、清潔感あるけどしっかり制服着崩してるし真面目に高校生活に取り組んでる様には見えない。
「...なんでもござらぬよ....。」
思わず、変な返しになる。
そう言いながら、席を立って いこ、と春に眼を向けて教室入り口の方に歩いた。
「そういえば、お前。この前、昼帰ってきてなかったろ。」
「げ。はるがなんで知ってんの。」
そう、結局あのあと蛍にあんなことされてから授業には間に合わなかったし、色々と気が動転してそのまま寮に帰ってしまった。
「.......騒いでたから。」
「え、なにが?」
「なんか、クラスの奴ら。海野蛍っていう二年がお前連れて何処かに消えたって。」
二人廊下を歩きながら、春は低い落ち着いた声で前を向いて話す。
消えた...ねぇ。あの人があとつけて来ただけなんだがな。
というか、やっぱり奴と居ると変な噂になる様で耐えられん。
一年の校舎には来るなといっても、果たしてその要望を聞いてくれるのかどうか。
「なんか、にいちゃんの知り合いなんだよ。」
「.......へぇ、お前兄貴いたんだな。」
隣の春はそう言った。
そういえば、そんなこと春とは喋り合っていない。
「うん、この学校の二年。.......春は、兄弟とかいるの?」
「歳、離れてるけど、姉貴がひとり。」
ねえちゃんかー、うわーめちゃめちゃイメージ沸くなぁ。
春に似た女性像を思い浮かべながら、きっと超絶美人なんだろうと勝手に思いを馳せる。
そうやって、少しひとり盛り上がってると春がチラリと此方を垣間見た。
「なに、笑ってんの。」
「え、笑ってた?.....ごめん、きっと春に似てすごい美人さんなんだろうなと思って。」
俺は、恥ずかしくて口に手をあてながらはにかむ様に春を見ていう。
「...さあな。美人かどうかは知らねぇけど、口は悪い。」
「強気な美人ということか。」
ますますよき。とか言ってたら、お前キモいと春から小突かれた。
なんだよ、いいじゃん。俺だって男なんですが。
そうやって一年の校舎を出て、寮の方に二人で向かっていると向こうから見知った男が
大勢の生徒に囲まれて立っていた。
うわ、遭遇率えぐすぎない。こんなタイミングよく校舎下に居るもんかね。
足を止めた俺を不思議に思って、前にいる春が俺を振り返った。
「さくら?」
俺は、向こうにいる蛍から視線を春に戻す。
「.....あーと、はる。遠回り...しない?」
俺が、わけのわからぬ事をいうもんだから春が怪訝に蛍の方を見た。
「...................。」
そして、蛍を確認した春が俺に眼を向けてくる。
何か聞きたい様な顔だった。
「おっと..、やばい。行こ。」
「......おい..。」
そうしてるうちに向こうで蛍が此方を向いた様に見えたので、俺は咄嗟に春の
腕を掴むと校舎反対の裏の自然公園の方に足を進めた。
こっちだと、寮までざっと歩いて一時間はかかる。
思わず、春の腕をひいてしまったが俺一人こっちに来ればよかったのに。
掴んでいた春の腕をパッと話して俺は振り返った。
「...ごめん。とっさに掴んじゃった....。」
すこし笑って困ったように俺は笑った。
春の後ろをチラリとみる。
誰もいない。
「なんで?なんかあいつとあったのかよ?」
上から春の疑問の声が降ってくる。
見上げると、男前の綺麗な顔が少し怒ったように見下ろして来ていた。
「........会いたくなかったから。.....顔合わせたくなかっただけ...。」
ごめん。巻き込んで。そう言って、落ち込んで春に言った。
「はる、俺こっち周り散歩して帰るからさき帰ってくんね?」
もうしわけな。勝手に俺のわがままで春に失礼なことしたかな。
なんか、怒ってるっぽいし。
「は?なんで。」
瞬間、春の長い指が俺の前髪に伸びて来た。
カサッ
「...............ッ。」
急なことで、俺は少しびくりとした。
春が、俯いていた俺の顔を見るように前髪をサッとかき上げて額に触れて来た。
「............は、はる。..。」
「俺には、いえねぇ事なの?それとも、」
そう言いながら、俺の前髪を後ろに優しく梳いて顔の目元から頬にかけてさらりと撫でてくる。
なにか、春はそう言葉を区切って手を止めた。
俺を思案するような顔で見つめてくる。
「はる。」
俺が困って声を出した途端、春の手はスッと離れていった。
「別に、迷惑でもないし怒ってもない。いくぞ。」
そういって、俺の横を通り過ぎてゆく春。
俺は慌てて、
「え。いいの?」
そう問いかけた声に、春は少し振り返って、
「はやく。」
また、歩いていった。
「う、うん。」
先ほど、触れられた頬が少し熱をもって熱かった。
いつもの春とは違う一面を垣間見た気がして、
触れられた額を触ってから、急いで後を追った。
△
「悠木桜くん。」
次の日、俺は教室で喋ったことのない可愛らしい生徒に声を掛けられた。
「......はい。」
「僕について来てくれる?悠木くんと少し話したいんだよね。」
華奢な肩を少し上げて、小さく綺麗で可愛いらしい顔をこてんと傾けて
此方を見上げて来た。
「...........いいけど。」
あざとい仕草がよく似合う目の前の小さなかわいい男は、ついて来てっと
俺の片腕を両手で掴んで引っ張って来た。
おいおい、なんだこの小動物は。おれ知らんけど。
なんか、してたっけ?でも、こいつ見たことねぇなぁ。
そう考えながら、連れて行かれるままに従う。一年校舎の未使用の教室に来ると、
男はくるりと俺に向き直った。
「僕はね、広野雪っていうの。」
へぇ。やっぱり知らんな。聞いたことない。ということは、初対面か。
忘れてしまっているという失礼な態度にならなくて良かったとほっとした。
「俺に、何かよう?」
出来るだけ、やさしく言うよう心がけた。
「そう。蛍様とどんな関係?それと、菊谷春乃くんとのことも。」
様?はて、蛍様?まさか、海野先輩のことだとは思わずそんな奴いたかと頭を巡らした。
雪はくりくりの可愛い眼を細めて此方を睨んでいる。
なんだ?俺なんかしたか?
「えーと、蛍様って誰?...それと、春は俺の同室だけど。」
ふざけてるの?と雪がトゲのある声で言ってきた。
「そんなことは知ってる。それより、蛍様が何でアンタ何かに会いに来るの?
わざわざ一年の校舎に彼が赴いて、あまつさえ春乃くんともッ」
なんか、かってに雪は顔を赤らめて小さな両手を頬に当てながら悶えている。
「は、破廉恥なッ....ちょっと聞いてんのッ!!!?」
「.......はぁ。」
俺は、よくわからんくて目の前の百面相をただぼうっと眺めていた。
どういう関係ってどういう関係でもない。
春はただ同室だから、それなりに関わり合いがあるだけだし、
蛍のことであればそれこそ気まぐれに運悪く絡まれてしまっただけだ。
雪が聞きたいことはなんなのだろうか....。
「とくに、何もないけど。春は同室だからただちょっと関わりがあるだけだし、
海野先輩は俺の兄の知り合いですこし顔見知りなだけ。」
雪は、それを聞いて腕を組んだ。
「兄?あんたの兄弟もこの学校に........って、まさか....。」
「悠木心ってあんたの兄弟...なの?」
よく知ってるなぁ。まぁ、にいちゃんは目立つしな。
「...そうだけど.....。」
「全然、似てない。」
「....................。」
そんなの俺が一番わかってる。ずっと同じ家で育って来たんだから。
「まぁ、だから雪ちゃんが思うことは何もない。」
慣れなしく呼ばないで、なんて辛辣に言ってくる雪をつれないなぁと
なだめながら、静かな空き教室を俺は眺めた。
こんなところあったんだな。知らなかった。
とても、静かでなんとなく雰囲気が好きになりつつある。
今度、弁当ここで食べようかなんて考えてると雪の声がまた聞こえてくる。
「アンタ、いつもひとりだよね。」
雪は、急にそんなことをいう。
「何にも興味なさそうな顔してさ、だから、急に蛍さまと関わってるもんだから
びっくりしたんだよ。」
雪は、そう言って俺をまっすぐ見つめてくる。
ちゃんと自分があってはっきり言ってくる。
雪のようにわかりやすい性格が俺は嫌いじゃなかった。
「まあ、なりゆきで。」
「ほらそれ。自分は興味ありませんって?
そもそも人なんかどうしたって一人で生きてはいけないんだよ。」
「それだったら、前向きに人間関係築いた方が得じゃん。自分にあった世界が見つけられるかもしれないのにそうやって眼を背けながら人と接してる感じがほんと僕イラつくんだよ。」
「は、はっきり、言うね。」
ここまで、面と向かって言われるとなんだか拍子抜けしてしまう。
「....背けてるつもり、ないんだけどな。」
「ふん。僕にはそう見える。」
雪はそう言うと、
「とにかく、アンタから聞きたかっただけだから.....。」
そのまま、颯爽と教室を出ていった。
「..................。」
遠くで、授業の始まりを合図する予鈴が聞こえてきた。
やば、またやっちまった。
ま、いいか。
俺は、どうでもよくなって教師に見つかれば見つかったで
それでもいいかと思いながら、
空き教室の椅子をキキッと引いた。
窓際の色の劣化した薄いカーテンが静かに線を引いて下がっている。
教室全体を薄い太陽光が照らしていて、小さなホコリが光る粒子のように浮遊
しているように見えた。
「......................。」
窓に大空が広がっていた。
綺麗なうすい水色の乳白色のような空。
こうやって、学校に通って時々友達と喋って、休みには家族と少し言葉を交わして食事を共にする。
十分、人と関わってる。と思う。............これでは、駄目なのだろうか。
雪の言っていた、前向きに人間関係を築くとはどんな形だろう。
俺は、後ろ向きなんだろうか。
「...........まぁ、今度ゆきちゃん、昼食に誘うか。..」
俺は、ゆっくり腰を上げてズボンにつく埃を払った。
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