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第10話

△ 職員室にて、俺は数度目の呼び出しをくらっていた。 要するに、教師曰く、授業を休むな。勉強しろ。将来について真剣に取り組め。 らしい。 それは、十分納得できるものだったので、 素直に返事をし、教師の顔を凝視していた。 「..........お前、聞いてるか?」 「ちゃんと、聞いてます。」 「................。」 俺には、理解することも出来ないであろう表情を一度つくった教師は 再度、先ほどと同じ事を繰り返した。 △ 「サボり魔が戻ってきた。」 教室へ帰ると、津田がと多田が俺をみて、同時にそう言ってきた。 そういえば、こいつら名前似通ってるな。 「.....おう。」 俺は、それだけ答えると自分の席について黙った。 「なに....、悠木。そんなに怒られたの?」 前の席の津田が、少し意外そうに顔を覗いてくる。 「全然。その逆?まあ、そんなもんだろ。」 そう言って、俺は次の授業の教科書類を机に出し始める。 「..................。」 津田も多田もそれ以上聞いてくることは無かった。 授業の開始の声と共に教室はシンと静かな空間に変化する。 おれ。なんで、ここにいるんだっけなと急に的外れな思いにふける。 ...........。そっか。にいちゃんが通っているからだった。 「...................。」 思いにふけりながら、兄の事を静かに考えた。 △ 「高校には、かよわない?」 中学二年に進み、俺は通知表が置かれた実家の食卓に座っていた。 「うん。卒業検定だけ受けて、大学に進む。」 「..............。」 目の前に座る母は困惑したように、手を顎に添えていた。 俺は、顔を上げずに机の模様を見つめている。 「.........なにか、嫌なことでも.....、いえ、悩みでもあるの?」 「......悩みは無い。けど、出来るだけ自由に自分のやる事に集中したい。  難しいかもしれないけど、集団に入ると何もかも思考が停止してしまって  生きた心地がしないんだ。」 だけど、そう言って俺は母を見た。 「だけど、ちゃんと将来のこと考えてるよ。今、俺が言っても  信用できないだろうけれど。」 「あなたが、ちゃんと自分の世界を持ってるのは分かってる。」 母の声は、凛として揺れのない声色だった。 「....お母さんが心配なのは、」 テーブルにあるカップを掴んで母は一口珈琲を喉に通す。 「......桜ちゃんがそうやってどんどん人から、私たちから  遠くに遠くに行っちゃって、もし桜ちゃんが助けが欲しい時つい見えなくて  気づいてあげられなかったら、助けてあげられなかったらどうしようって思っちゃうの。」 年齢よりも若く見える母の優しげなアーモンド型の一重が、 俺の事を心配そうに見つめていた。 その目を、じっとみて俺は思案していた。 「....あなた、母さんはどうしてほしいんだろうって考えてる?」 「............。」 自分の目が思わず、逸れるのを止められなかった。 母さんが俺を否定しないことは分かってる。 ただ、ほんとうに、申し訳が無かった。 「.....今更だけど、こんな風にしか世の中を生きていけなくてごめん....。」 あたりまえに、やらなければいけないことにあたふたする自分は 母にはどううつっているのだろうか。 思わず、そんな事を口にしてしまう。 「そんなこと、言わないの。」 母はそう言ってまた静かに珈琲を含む。 部屋は、とても静かだった。 家の前を通る自動車の音がなんだかとても寂しく感じる。 「桜ちゃん。安心して。」 短く、母はそれだけ言ってまたいつもの元気で少しお茶目なひとに戻っていった。 自分の人生の責任は自分が取るしかない。 そうしたとき、俺はどんな選択をすることが己の為になるのだろうか。 △ 寮に帰ってきて、自室の机に鞄を置いた。 カチャリ。 背後で、春の自室のドアが開く音が聞こえてきて、俺は顔を上げる。 春、帰ってたんだな。 放課後は、学園から出て行きつけの文具店に行っていたので 春とは朝以降会っていなかった。 「おかえり。」 向こうから、そう声をかけてきた春に振り返る、 「おう。ただいまー。春は夕飯もう食った?」 共有リビングへ歩いていって、ソファに座る春を見た。 「食った。さくらは?」 「まだー。ちょっと買いたいもんあったから。」 寮生活なので、食堂もあるが時間の都合が合わない時は基本自炊になる。 今日は、適当に簡単に作ってはよ風呂入ろ。 「手伝おうか?」 「いい、いい。簡単に済ますから。」 大きめのtシャツにスエットを履いた春がソファに頭を擡げて、俺を見上げている。 それを見て俺はふと聞いてみた。 「春は、将来の事、もう決めてんの?」 だらっとソファに背持たれてそのままに、俺の言葉を聞いた春の綺麗な眉が少し動く。 「急だな。.......まぁ、それなりには。」 「ふーん、。...ちゃんと、課題とか、てか勉強してる?  春、全然忙しくなさそう。」 どんな、将来を設定しているのかなんてことを詳しく聞くことはない。 「ばかにしてんのか。」 背もたれから頭だけ上げた春がこちらを半目で見つめてくる。 「うそうそ。春はスマートで男前だけど冗談が通じませんな〜。」 そういって、俺は夕飯の献立をまた考え始めた。 「お前も、ちゃんと勉強しろよ。サボってないで。」 春が軽く笑ってそう言ってきた。セットされてないサラッとした 長めの前髪がソファの背に軽く流れて広がっている。 「そうそう〜。俺、元があまりよくないから大変だよ。」 そうヘラリと笑って、夕飯を作ろうと俺は立ち上がった。 炒めし。チャーハン。はい、決まり、それ食お。 小さめのキッチンスペースに立って手を洗う。 ふと、横に背の高い気配を感じた。 「ついでだし、手伝う。」 そう言った春は、頭上付近にある棚から紅茶の袋を出していた。 春、紅茶好きだなぁ。 勝手にいろんな種類の袋や箱が棚の中に増えていた光景を 思い出しながら俺は返事をした。 「うん。いいのに。ありがとう。」 洗った食材をトン、トンと切り始める。 横で、沸いた湯をカップに注ぐ音が耳に入ってくるのを感じながら じゃ、冷蔵庫から卵とって。と告げた。 「ん。」 「どうもー。」 春は、卵を一つまな板の横にあるスペースに静かに置くと体をキッチン壁に預けて、 俺の行動をじっと見つめている。 フライパンに少し油を落として熱にかけていた俺は、横に顔を向けた。 「なにー?」 カップをキッチンの端に置いて、ポケットに手を入れていた春は、 頭を少し傾けながら喋った。 「おまえ、高校生らしくない。」 は?はるが言う? 「なに、急に。それをいうなら春がでしょ。」 まだ高一だというのに、落ち着いた雰囲気と スラリとした長身の男前が眉をひそめているのを横目で見て少し笑った。 炒め始めた食材の匂いがその場の空気に合わないのを感じた。 春は、今なにを考えているんだろう。 「...さくらは、将来どうすんだ?」 「........。」 ジュウゥ、フライパンからの音を聞きながら春の質問を考える。 「んー。俺は、人形。つくるの好きだから。」 おおよそ分かりにくい名詞だけみたいなのだけで答えたのに、 春は理解したようだった。 「それって、大学とかいくのか。」 コトッ、とカップとキッチン素材がかち合う音がする。 「うん、指定はないし、必須でもないけど美術系の方にいくよ。」 炒めたものをよそうために、手に持っていた木べらをフライパンに 残したまま、お皿を取ろうと顔を上げた。 とたん、カチャリと音を立てて春から大きめの一枚のお皿が渡される。 「ん。」 「.......ありがと。」 素直に受け取って、炒めたご飯を皿に移してゆく。 「俺の実家、花屋してんだよ。」 「........そうなの?」 急な春からの言葉に少し驚いた。 ご飯の乗った皿を持って、冷蔵庫からお茶を取り、 俺らは、またリビングの方に戻ってお互い向かい合って腰を下ろす。 花屋かぁ、春に、似合う。 「時々、休みの日とか夕方の時間、手伝ってる。」 「へえ。」 休日、春がよく実家に帰っていたのは、その為だったのね。 スプーンでご飯を掬いながら、口に運ぶ。 「そうかぁ。....大変だろうに、さっき忙しそうじゃない  なんて言ってごめんよ。」 俺は、先ほどの冗談を思い出し軽く謝った。 「別に。」 紅茶を飲みながら、春はぶっきらぼうに答える。 うーむ。花屋さんか。 こんな男前が、店員でいたら女性客 めちゃめちゃ増えそう、とか変な事を俺は考えてしまう。 「俺、今度部屋になんか植物置こうかな。」 ちゃんと、育てられればいいけど。植物みるのは好きだけど、 育てるのはすごくエネルギー消費する。 そんな風に、思いを馳せて、目の前に視線を向けると春が ほんの少し笑顔を含ませた顔をしてこちらを見ていた。 「今度、うちに来るか?」 そう春が優しく呟いたように言ったので、俺はこくりと頷いて、笑い返す。 やはり、同い年には見えない。 そう目の前の男を見て俺は思った。

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