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第12話

△ 『さくらちゃんが嫌いじゃないっていってくれた触れ方を、  俺、ほかの子たちにしたことはないんだけど。』 「.......................。」 蛍の言葉を思い返した。 俺に対しての触れ方........って、どういうこと。 先ほどの蛍との会話が頭の中で、ぐるぐると彷徨うように巡っていた。 寮への帰り道が、いつもより長く感じられる。 あの人は、人と距離が近くて、あまり隔たりもない。 遊びで、他人とセックス出来る、それで、 「.......それで...、なんだ.....?」 それで、なんだよ。悲しいってなんだ? 俺と触れ合っているときに、蛍が悲しくなる理由などないだろうに。 蛍が、気まぐれで、いつもの軽いノリで、ああやって触ってきた時に 俺が感じることに、少しだけ変化が起きた。 何か特別な事を蛍としたわけでもない。時々ベンチで会話して食事して、 時々授業に遅れてしまう。 何かで助けられたわけでも、苦難を共にしたわけでも、 どこかに出かけて絆を深めた訳でも無い。 俺に起こった心の変化とは、気付き、だった。 ああやって他人と触れ合う時に感じた微かな安心感、だった。 特別な関わりを持っていないのに、触れ合った肌で何かを感じる。 そんなささいなものに、俺は思いがけず感動した。 だから、蛍に伝えたけど、 何故か蛍は怒っているようだった。 「........わからん...。」 とぼとぼと寮への坂道を歩いていると、遠くで子供たちの はしゃいだ声が聞こえ、 そういえば、寮近くに子供の預かり所的な所を見た気がしたなと ふと思った。 寮の鍵を開けて、のろのろと自室に向い、 着替えもせずに、ベッドに埋もれた。 「....................。」 『うん。悲しい。』 そう呟くように言った、蛍の声が頭からずっと離れない。 かさっとベッドシートの擦れる音がして、俺は両足を引き寄せてまるまる。 人を、悲しませてしまう。 なんで。いやだ。俺の分からない所で、俺が、原因で他人を傷付ける。 そう思ったら、とてもショックで、 それを言った蛍が俺に唇を重ねてきた時、もしかしたら蛍も誰にも 言えない悩みを抱えているんだろうか、と思った。 だから、人肌に触れて何かを得ようとしているのかな。 うだうだと考えるうちに、俺は次第に眠りに入っていった。 △ 「.................ら。」 微かに、声が聞こえる。 「..............く..ら。」 布の擦れる音が耳に直接聞こえてきて、その次に身体が動く 感覚をふわふわと浮上してくる。 「さくら。.....。」 眼を開いた先には、春が屈んで此方を見ていて、 「...はる。」 そう呟いて、俺は次第に覚醒する頭で、手をベッドについて 上半身だけ起き上がろうとする。 ぼうっとする頭で、春を見つめると、 どうやら春は今帰ってきたらしい。 「お前、自室のドアあけっぱなし。それに、まだ着替えてもねぇじゃん。」 あ、そうか。あのまま寝てしまったのかおれ。 そう思って、ドア付近を見た俺はまた目の前の春に視線を戻した。 いつもの制服姿と、無造作に軽くセットされた髪。微かに漂う...... これは、おはな?の香り? 詳しくないから、分からないけど多分、百合の香り。 実家のお手伝いに行ってたのかな。 「おかえり..はる。.......はるから..お花のかおりするよ。」 そういって、へらへらとわらって春に言うと、額を撫でるように前髪を くしゃくしゃっとされた。 「...ただいま。おはなって.....おまえ。まだ、寝ぼけてんな。」 小さく笑っている春。きれいな細い線をしゅっと引いたような唇が弧を描く。 梳くように、頭を撫でられて心地よさで、少し下に傾けて眼を瞑った。 ふふ、そう笑っていると、長く筋張った指が頬を軽くつねってくる。 「おい。また寝るな。」 「.....いひゃいよ、はりゅ。」 顔をあげると、春と俺は目が合わなかった。 見れば、切れ長の瞳が俺の首元に視線を落としていて、 頬から手が離れたと思えば、 そのまま春の手が首元へと降りてきた。 制服のシャツに春の手が触れられる感覚に、 こそばゆさで身動ぐ。 くすぐったい。はる、どうしたん。 俺は、分からずに春に自由に触らせていた。 なんか、最近こうやって触れられると、 心地良くて眠くなる。なんだかなぁ。 「.......これ。」 春が、呟いたと同時に長い指が首に擦れるように触られる。 「..どしたのはる。」 少し乾燥した春の指がこそばゆい。 首を窄めて、 「はるー。」 「...............。」 呼んでも、返事がない。 返事がないので、俺は軽く首に伸びる春の、腕に触れた。 「...今日、誰といた?」 途端、口を開いたと思ったら、そんなことを聞いてくる。 「....きょう?....誰とって..。」 学校だから、誰とというよりみんなと? なんて、答えたら、春の冷たい切れ長の目がすこし咎めるように 向けられた。 な、なによ。怖いからそんな風に見るなよ。 「.....どうしたのはる。こわいよ、男前に睨まれたら。」 そう、困ったように言ったら、春は俺に首元にあった視線を また俺の顔に戻して、眉をよせる。 だから、怖いって。 急に、首元から手が離れたかと思うとその手で両頬をつままれ、つぶされた。 「や、やめへよはる〜。」 もう、平凡な俺の顔がさらにひどい顔になるから、ほんとに やめてほしい。 春は、そんな俺を眉間にシワを寄せたまま、見下ろすだけ。 「....さくらー、お前さぁ..、」 ぐいぐい頬を押しながら。 なんか、最近春とも距離が近くなった。 おれは、思わずそんなされてるのにふへ、と変な声で笑ってしまった。 「は?...なに笑ってんだよ。」 さらに低くなったハスキーボイスに俺はやばいとまた真顔に戻る。 「にゃに、おこってんにょよ?」 喋りにくいー。 頬を潰されたまま質問してくる俺をまた不機嫌そうに見下ろしてくる。 「...むかつく。」 はい?なんて?  悪態をついてきた春を見上げて、俺は訳わからんと思った。 「...にゃにが、そんにゃ.....むかつくのさ...あーもう、苦しかったぁ。」 やっと離してくれた。 いててと言って喋っている俺から、春は手を離すと立ち上がって俺の部屋 を黙って出てゆく。 は?無視かい。なんだよ、急に。もう。 俺、なんかしたの。 頬に手を当てながら、そう思って春の後ろ姿に視線をやっていたが ふと、蛍とのことを思い出した。 なんか、俺の分からないとこで春も怒ったようだし、やっぱり 何か、おれ間違い犯してる? 聞いても、春も蛍もはっきり言ってくれない。 「......なんだよ。」 自分の知らないとこに、突然、置いていかれたような、 そんな気分だった。

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