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「ドキドキ」
快斗の家に入ると、快斗がクスクス笑い出した。
「おばさん、毎年あれ言うね」
「まあ……溺れかけたの、よっぽど衝撃だったんだろうけど……」
「オレだって衝撃だったよ。愁が死んじゃうのかと思ったし」
小三の時、流れるプールに浮き輪で一緒に浮いていた快斗の目の前で、どういう訳か、浮き輪から落ちて、何秒かプールに沈んだ。快斗が近くに居た大人を呼んでくれたから、助かったんだけど……そうじゃなかったら、と思うと、結構恐ろしい。
「あの衝撃は、オレもおばさんも一生忘れないんだろうなー……」
「ごめんてば……もう忘れていいよ?」
「んー、むりだなー」
まあ……オレも覚えてる。
オレ、少しの間意識がなかったらしくて。その、目が覚めた時。
快斗が、オレの手を握りながら、ものすっごい泣いてた。
母さん達は、もう大丈夫だって分かっていたから、大泣きしてた訳じゃなかったけど。兄貴なんて、あ、起きたか、みたいなノリだったし。
――――……快斗が、あんなに大泣きしてたの。
後にも先にも、あれっきり。
毎年プールの時期になると、母に言われて、その流れで快斗にも言われて、で、オレが快斗のレアすぎる泣き顔を密かに思い出すのも、恒例。……泣き顔の事は、快斗には、言わないけど。
「愁」
「ん?」
すぐ近くで声がして、振り仰いだら、優しい瞳。
「――――……」
じ、と見つめてると、快斗の顔が近づいてきて。
ちゅ、と頬にキスされる。ふ、と笑んだ快斗に、頭をよしよしされる。
「オレが今日することで――……嫌だなと思うことあったら、すぐ言えよな?」
そんな快斗の言葉に、一応頷いた。
頷いたけど。
……快斗のすることで、嫌なことなんて、今まで無いんだけど。
ていうか。それより。
唇に、キスされるのかと思った。朝もほっぺだったなー。
ていうことの方が、気になるオレって……。 ……謎。
「そろそろ行こっか」
快斗に言われて、うん、と、頷いた。
恋人として過ごす一日。
――――……快斗と、恋人になったら。
ていうか、楽しいに決まってるよね。
そんなの試さなくても分かってる。
恋人としてというか、友達としてでも、何としてとか、関係なく。
快斗といたら、オレは、幸せに決まってるし。
――――……今日、恋人として過ごしたら。
オレ。快斗と付き合うって。
言葉にして、ちゃんと、言えるのかな。
今のオレが何で言えないのか。
――――……まあ。何となく、色々思ってるのは自分でも分かってるけど。
そういうの取っ払って、快斗と付き合うって。
言えるようになるかな。
何だかとってもドキドキしながら。
快斗に続いて、家を出た。
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