14 / 110
第14話
※瑞樹視点
標的の説明もなく、理事長は紙にサインしろと俺に言う。
紙を見るとありきたりな普通の注意事項が書かれていた。
…何処にも標的について書かれてない。
詐欺のような気がしたが、俺は紙の名前欄に自分の名前を書いた。
こうする事で英次が助かるのならためらわない。
すると理事長が紙を取り確認した。
「……確かに、受理した」
「本当にこれだけでいいんですか?試験とか…」
「人間に与える時間などない」
理事長は本当に人が嫌いなんだなと思った…半分くらいは俺が嫌いだからなのかもしれないけど…
人間……まだ実感が湧かない、本当に吸血鬼と魔法使いがいるのか?
もしかして英次を襲ったあの男もそういう奴だったのか?
…確かに少し人間とは違う怖さがあったような気がするが…あまり思い出したくない。
学兄さんはまだ納得してなくて俺を睨みながら理事長に言った。
「標的ってなんだよ!俺とどう違うんだ!?」
「…全然違う、吸血鬼と魔法使いも普段ストレスを抱える者が多くてな…お互いの国が同盟を結んでいても魔物同士で殺し合う者が多くて困っていたんだ…そこで標的を作る事で吸血鬼と魔法使いは絆を深め標的を仕留めるという事だ、素晴らしい考えだと思わないか?」
「おっ、俺は狙われないよな!?」
「学は姫だから守られる存在だ、一般の人間とは違う」
なるほど、つまり俺は殺されるために入学するわけか。
俺がどうなろうと理事長は関係ないからか理由を話さずサインさせたと……やっぱり詐欺だな。
自分の事なのに、意外と冷静だった。
逃げれば助かると思っているからだろうか、少なくてもここで断って殺されるよりは生きる確率は高いだろう。
もしかして、全校生徒なのか?足には少し自信はあるがどうだろう………当たり前だが今までそんな事になった事がないからいまいち分からない。
もうサインをしてしまったし何をしてもどうしようもないなら…俺は、生きて学院を卒業する事に集中するしかない。
無駄死にだけはしたくなかった。
生きて卒業したいと思っている筈なのに、あまり生にこだわっていないのだろうな。
だから俺は人殺しをする学院に英次のためとはいえ平気な顔で入れるのだろう。
……俺の頭は何処か壊れているのかもなと自虐的に笑う。
飛鳥くんと英次が突然立ち上がったから全員注目する。
「どうして瑞樹がそんな事されなきゃならないんだ!!」
「……納得出来ない、こんな事…」
二人は俺のために怒ってくれている。
…それがとても嬉しく…申し訳なく感じた。
………俺は、庇ってもらえるほどの人間じゃない。
英次を守るためにここに来たというのが表向きだが、英次のせいにはしない。
俺は自分の意思でサインした、標的になる事を決めた。
もしこの学院で生き延びる事が出来たら、生に執着して生きていけるかもしれない。
…誰にも必要とされず邪魔者扱いされ自分が生きている意味が分からず死にたくなったあの思いを二度と思い出さないために…
この学院に行くのは自分のためだ、俺がまだ弱いから二人に心配を掛けている…強くならなくては…
「…君はどうする?」
理事長は俺を見た。
選択肢を変えるのかと理事長は笑っていた。
俺がここでやっぱりやめますなんて言ったらきっと理事長はすぐに証拠隠滅で殺されるだろう。
…俺の気持ちは既に決まっている。
理事長をまっすぐと見つめた。
嘘偽りない透き通った瞳をして俺は自分の気持ちを口にした。
「俺は生きて卒業します、必ず…」
「…楽しみにしているよ」
…俺はこの時から、クロス学院の生徒(標的)として入学する事になった。
俺が決めた事だから二人はそれ以上何も言えずソファーに座り直した。
二人には二人にしか聞こえない小さな声で「俺のために怒ってくれてありがとう、俺は大丈夫だから」と伝えた。
二人はまだ納得していない顔をしていたが苦笑いした。
理事長は立ち上がり、生活に必要な必需品が入った袋を理事長席の横に置いてたのか取りに行き、ソファーに座ってる英次に渡した。
英次は袋を覗き込んでいる。
「これは君のだ、森高瑞樹くんのは後で手配するから少し時間が掛かるから待っていてくれ」
「…俺は普通の授業を受けれるんでしょうか?」
「安心したまえ、君が標的になるのは数ヶ月後にあるローズ祭の後だ…その時にルールを話す、君はそれまで普通の生徒だ」
一先ず、すぐに襲ってこないと聞き安心した。
しかし、その後は分からない…ローズ祭というのが終わった後の対策を今のうちに考えとかなきゃな。
……こんな事で悩まされて勉強が遅れたら嫌だな。
そもそも人間と同じ勉強なのか疑問だ。
それを聞きたいが理事長は俺との話はもう終わりだと言わんばかりに英次を見た。
数ヶ月先輩だし、飛鳥くんに聞けばいいか。
「その袋の必需品の使い方は君の同室者に聞いてくれ」
「俺の同室者?」
「あれ?聞いていなかったのかね、彼だよ」
理事長は飛鳥くんを見てそう言った。
あれ?飛鳥くんって確か同室者は学兄さんだって聞いていたが変わったのか?
飛鳥くんは嫌そうな顔をして英次を睨んでいた。
英次も嫌みたいで、俺を見た。
この二人、あまり仲がいいところを見た事はないが大丈夫だろうか。
一緒に住めば仲良くなるのかもしれないな。
「瑞樹がいい!」
「しかし君達の同室はもう決まってるからな…」
わがままを言う英次を苦笑いで見る理事長。
俺も英次の方が知り合いだから楽だけど、無理なら仕方ないと思い英次の肩をポンポンと叩く。
英次は飛鳥くんとも知り合いだから気楽に過ごせると思う。
飛鳥くんはさっきは嫌そうだったが学兄さんで慣れてるのか、誰が来てもどうでもいいという顔でソファーの背もたれに寄りかかっている。
理事長は二人が知り合いだから同室者にしたかもしれないから受け入れるしかないぞ。
…理事長はきっと俺以外には優しいと思う、多分。
「英次、わがまま言うな…遊びに行くからいいだろ?」
「……毎日来いよ」
まだ納得いかない顔だが、一応大人しくなった。
さすがに毎日はちょっと厳しいぞ…と英次に言おうとしたら英次は両手で耳を塞いでいた。
俺の考えを読んだのか?たまに英次は鋭い。
子供じゃないんだからとため息を吐いて、仕方ないから隣にいる飛鳥くんから伝えてもらう事にした。
飛鳥くんは苦笑いして耳を塞いでる英次の頭を殴った。
また喧嘩になりそうな二人を止めていて、それを面白くなさそうにボリボリとクッキーをかじる学に気付かなかった。
理事長は俺達が話してる間に何処かに電話していてしばらくして通話を切った。
「急遽森高瑞樹くんの同室を確保したから…今から同室者を紹介するよ」
「……俺の同室者」
人ではないんだよな、やっぱり…そして標的である俺を狙う危険性が高い同室者…
不安しかなかった。
…関わらない方が長生きするな。
相手が俺と同じ無関心な奴だったらいいと密かに願った。
しばらく同室者が来るまで時間があったので理事長は俺達を見て話し出した。
それは俺が今一番聞きたかった事だった。
「まだ知らない君達にこの学院の話をしよう、知らないといろいろ不便だと思ってね…君はどうでもいいが」
理事長は俺を見てそう言った。
もう嫌われている事は分かっているから苦笑いする。
理事長は一度咳払いをして気を取り直した。
理事長は英次にのみ話すように語った。
この場にいるから違うんだけど、なんか盗み聞きみたいで居心地の悪さを感じる。
ただの気のせいだとネガティブな考えを消した。
ともだちにシェアしよう!