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第22話
英次が約束破る事はありえないから玲音が言ったように寝坊してるのかもしれない。
英次は前の学校でも頻繁ではないが遅刻ばかりしていた。
理由はゲームのやり過ぎで寝坊がほとんどでめずらしい事ではない。
玲音が退屈そうにしていてテーブルに顎を乗せていた。
遅刻ギリギリまで待ってみようと思い、玲音だけ先に行くように言うために玲音の方を向くと乱暴に部屋のドアが叩かれる音がした。
英次が来たのかと思い、玄関に向かいドアを開ける。
「うわっ!!」
いきなり誰かが滑り込みのように入ってきて鍵を閉めた。
俺は押されて後ろにいた玲音に支えてもらい倒れる事はなかった。
誰かとはずっと待っていた英次と飛鳥くんだった。
二人共物凄く慌てていてただ事じゃない事が分かる。
息を乱している、遅刻するような時間じゃないのにどうかしたのだろうか。
必死すぎて俺と玲音の方を見ない二人に首を傾げた。
「どうしたんだ?いったい」
「…学の、学の大群がぁ…」
英次はドアの向こうを指差し意味不明な事を言っていた。
とりあえず落ち着かせるために英次の背中を撫でる。
学兄さんの大群っていったい何の事だろうか、学兄さんは一人しかいないと思うけど…
よく分からず玲音を見ると苦笑いしていた、玲音はなにか知ってるような顔をしていた。
「森高学くん親衛隊の事だね」
「……朝にアレを見るのは心臓に悪い」
いつも涼しい顔で飛鳥くんも珍しく顔色が悪い。
親衛隊ってなんだろう、この学院の常識かなにかか?
聞きたいが目撃した本人達は疲れ気味で廊下に寝転んでいるから聞けない。
とりあえず台所に向かって二人分のコップに水を入れ二人に渡した。
玲音は二人に代わって状況を理解していない俺に説明してくれた。
「森高学くん親衛隊ってのはね…森高学くんを異常に崇める人達の事だよ、森高学くんに近付く奴は制裁とか酷い事をしちゃうんだって」
「……そ、そんなのあるのか」
学兄さんが人気者なのは生まれてからずっと見ていたが親衛隊とかいうのは初耳だ。
昨日この学院の学兄さんの人気を目の当たりにしたが、なんか少し異常な怖さを感じた。
…盲信というか心酔というか…それが親衛隊とかいうのだろうか。
学兄さんは昔からよく飛鳥くんを追いかけ回していたから今朝もそれで逃げてきたのだろう。
一息つき、落ち着いたのかしばらくドアに聞き耳を立てていなくなったのを見計らって廊下に出る。
……学兄さんが大きい声で誰かと話してくれたから分かりやすかったようだ。
まだ警戒してる飛鳥くんと英次は左右の廊下の先を確認してやっと寮室から出た。
本人達は真剣でも何も知らない周りから見たら怪しいだけだろうな。
「瑞樹達は先に職員室だよね、気を付けてね」
「あぁ…大丈夫だ」
廊下を話しながら歩いていて、俺は玲音に安心させるように微笑んだ。
まだ玲音は不安そうな顔をしながら英次を見てるから英次はムッとしていた。
英次…抱きつくのはいつもの事だから何も言わないが、首に腕を回してるから暑苦しい。
その腕を飛鳥くんが引き剥がそうとしてるが、英次が意地になり余計に締まるからただ苦しかった。
英次はただ意地張ってるだけだけど、ちゃんと気をつけられるのか?
いざとなったら俺より自分の命を優先してほしいが、英次…襲われた事忘れてないよな。
「お前に心配されなくても瑞樹に指一本触れさせねーよ!」
「…そう、良かった」
玲音が英次の腕を握ると英次は悲鳴を上げて俺から離れた。
なんか耳元でゴキッて聞こえたけど、気のせい…だよな。
寮の廊下で転がりながら悶絶している英次に不安になり英次に駆け寄ると玲音は楽しそうな声を出した。
玲音、笑ってる場合じゃない気がするぞ…英次が泣きながら騒いでいる。
心配しておろおろしてるのは俺だけで飛鳥くんも全く気にした様子はなく、冷静に英次を見ていた。
これも日常風景とか言わないよな、いつもこんな事してるのか?
「大丈夫だよ瑞樹、腕の関節外しただけだから」
「はっ!?全然大丈夫じゃない!!きゅ、救急車!」
「えー、瑞樹は痛くないから大丈夫だよー…それに魔法使いは人間より頑丈だし心配しなくても」
玲音なりの冗談かと思って玲音を見ると、本気で分からないといった顔で首を傾げている。
…自分だけが痛くないからいいわけない…俺は、人に支えられて生きてる事を知ってる、それがないと今の俺なんてとっくに消えてると思っている。
俺は携帯道具で救急車を呼んでくれと玲音に頼むと玲音はため息を吐いた。
そして英次に近付き腕に触れてパキッとなにかはまる音がした。
玲音はムスッとしているが、俺は玲音が見せた優しさにホッとした。
英次はまだズキズキするが激痛は去りヒーヒー言いながら廊下に座り込んだ。
「玲音、助けてくれてありがとう」
俺の言葉にすぐに元気になった玲音がニコニコ顔になった。
玲音がやったからお礼は可笑しいだろうが、英次の代わりに言った。
玲音は「瑞樹に褒められた!」と喜んでいた、いや…俺じゃなく英次の言葉を代弁して…言葉が足りなかった事は分かってる、玲音が嬉しそうならいいか。
英次は腕が痺れるのか動くかどうか腕を曲げて確認していた。
一応病院行った方がいいと思うが飛鳥くんが「後で一人で医療室に行けばいいし、自業自得だから気にすんな」と背中を押してきた。
寮の入り口近くに着いたら、生徒を見送ってる人がいた。
黒髮が肩まで長く着物姿で和風美人な容姿の人だ。
制服じゃないから生徒ではないだろうけどいったい誰だろう。
玲音は和風美人に近寄り気さくに話しかけていた。
「寮長さん、おはようございます!」
「おはよう玲音くん、今日はいつもの彼と一緒じゃないんだね」
「寮長さんも知ってると思うけど、俺二人部屋になったんです!」
玲音がウキウキした感じで話すからあまりにも珍しかったのか寮長と呼ばれた人は一瞬驚いていたが、すぐにフワッと笑った。
ほのかに香るいいにおいと大人の色気に少し照れてしまう。
一瞬女性かと思ったが話すとちゃんと声が低くて男性だった。
……この人は癒し系だな、周りに花が飛んでいるのが見える。
怖い魔物の学院にもこんな人がいるんだとホッとした。
なんというか、男性なんだけど母性があるような不思議な感じた。
それに髪を耳にかける仕草にボーッと見とれてしまう。
寮長さんは俺達を見て玲音に向けた笑顔と同じように笑った。
「転校生達は初めましてだね、僕は帝 蘭 …この寮の寮長でマギカクラスでは癒しの授業を教えているよ、よろしくね」
帝さんは先生でこの寮の寮長をしているみたいだ。
丁寧にお辞儀するから俺達も慌ててお辞儀をした。
この人にとてもぴったりだ……癒しの授業ってなんだろ。
マギカクラスと言っていたからきっと魔法だよな。
俺は使えないから学んでも仕方ないけど、こんな先生に会えるなら楽しみだ。
寮を出ていく生徒達も帝さんに見とれてる人が少なくなかった。
「なにか困った事があったら遠慮なく言ってね」
「はい、ありがとうございます」
「……」
「…?どうかしましたか?」
普通に会話をしたつもりだったが、いきなり帝さんは不思議そうに俺を見るから首を傾げているとやっと我に返ったのかあたふたしていた。
年上なんだけど、なんかいちいち可愛い人だな。
帝さんは落ち込んだ顔をしていて下を向いてしまった。
俺、なにか不愉快な事をしてしまっただろうか。
「…思ってた子と違ったから、ごめんね」と謝ってきた。
どんな人だと思っていたのか分からないが気にする事はない。
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