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第28話

少年は男の顔から手を離し、男はそのまま気絶するように倒れた。 あっさりと男を解放して呆然とした。 また条件付きでなにか要求してくると思っていた。 さっきまで雰囲気が他のブラッドクラスの生徒の比じゃないほどの殺気だったのに、今は犬のように俺の目の前にやって来て尻尾を振ってる(ような幻覚が見える) 俺は倒れてる男達が心配になった。 …襲われそうになったが、さすがにさっきのはやり過ぎなような… 死んでない…よな? 「ありがとう、助けてくれて」 「いえいえ、姫のためなら!!」 とはいえ、助けるつもりがあったのか分からないが結果的に助けてくれたからお礼を言うとまた尻尾が見える。 しかし、まだ俺を姫と言っている…姫は学兄さんじゃないのか? …もしかして兄弟だから勘違いしている? 訂正したかったが少年は不敵に笑い、俺に跪いた。 こんな事されたの初めてで驚いた。 俺は見下ろす立場では決してないからとっさに俺もしゃがんだ。 「……この学院に来ていただけて光栄です、我が姫」 「…………前の学校にはもう通えないからな」 少年をジッと見ると少年はニコニコしていた。 俺に入学案内書を渡したのは目の前の男だ。 あの時は顔がよく分からなかったが、赤い髪や雰囲気で分かった。 彼は吸血鬼だったのか、あの時は知らなかった。 それに普通の吸血鬼より明らかに力の差が違い過ぎる。 俺はアイツらにろくな抵抗も出来なかったのに彼は呆気なく倒していった。 何故彼は何もない平凡な俺にここまでしてくれるのだろうか…不思議でしょうがない。 助けてくれたが、彼の考えが分からず困惑する。 「何の目的で俺に入学案内書なんて渡したんだ?」 「それは…貴方が姫だから」 「姫は学兄さんだろ」 名前で間違えたのだろうが、容姿を見たら明らかに分かるだろう。 …学兄さんの容姿は全校生徒が知ってるように感じたから、何処かでお披露目があったのだろう。 学院公認だと聞いているが勘違いが激しいだろ。 もしかしたら彼は知らなかったのだろうともう一度言おうと口を開いた。 しかし少年の顔を見て何も言えなくなった。 少年から負のオーラが漂う。 ……俺、なんか変な事言ったか? 「…違う、姫は貴方だ……あんなドブネズミじゃない」 「姫は学院公認だろ?俺はただの人間だ」 「貴方は何も分かってない…何も何も何も何も何も分かってない!!!!!」 いきなり怒鳴られて驚いて目を見開く。 すると少年はハッとなり、シュンと叱られた犬のようにへこんでいる。 ……よく態度がコロコロ変わるな。 驚いただけで怒ってるわけではない。 何故俺がただの人間だと言うと自分の事のように怒るのだろう。 それに学兄さん対して他の人とは違う明らかな憎悪はいったいなんだ? 『瑞樹!!!』 遠くから俺を呼ぶ声がしたから声がする方を見た。 飛鳥くんと玲音が走ってくるのが見えた。 何やら慌ててるようだけど、どうかしたのだろうか。 というか俺がここにいる事を何故知ってるんだ? 飛鳥くんは俺達に近付きそのまま少年の胸ぐらを掴みかかった。 少年の力を見せつけられた後だ、危ないと飛鳥くんを止めようと思ったが少年は冷静に飛鳥くんを見ていた。 「テメェ、瑞樹に何してた!!」 「…上級生に向かって掴みかかるなんてどういうつもりだ、偽姫の弟」 飛鳥くんは感情を露にして怒っているが、少年はさっきの殺気はなくバカにしてるような感じにも聞こえた。 飛鳥くんに殴られても痛みはないという余裕か鼻で笑って挑発していた。 それに胸ぐらを掴む手に力を込めて服のシワが増えた。 …というか、あの人…上級生だったのか…同級生かと思ってた。 ならため口はまずかったな。 飛鳥くんの怒りは俺が見えないほど高まっていた。 「瑞樹に何かしようとしてただろ!瑞樹に手ぇ出したらぶっ殺すぞ!!」 「どっちの意味合いか分からないが、姫を傷付ける事はしない」 「はぁ?….姫?」 飛鳥くんは何を言ってるのか分からず男を睨む。 玲音は真っ先に俺の方にやって来て俺に傷がないか触りながら確かめていたら蹴られた腹に触れられビクッと体が無意識に震え玲音は俺に見えないように目を細めた。 玲音には隠し事は出来ないなと苦笑いした。 腹がどうなってるか分からないが一発だけだし、ちょっと休めば大丈夫だと思う。 玲音は何も言わなかった、きっと俺が言うまで何も言う気がないのだろう。 そしてまだ睨み合う飛鳥くんの方を見て言った。 「彼は姫騎士のガーディアンだよ、ジョーカーって呼ばれてたっけ?」 「姫騎士って確か、姫を守る集団じゃなかったか?…兄貴の取り巻きか」 玲音の説明でようやく彼が何者か分かり、飛鳥くんは胸ぐらを掴んでた手を離す。 姫騎士……学兄さんにはいろいろいるんだな。 それだけきっと学兄さんはこの学院で…もしかしたらそれ以上に大切な人なのかもしれない。 少年はシワシワになった服を元に戻しながら飛鳥くんと玲音を交互に見た。 その瞳はさっきまでの憎悪の炎が宿っていた。 そして吐き捨てるように言った。 「……どいつもこいつも、あの糞野郎を姫だなんだって言いやがって…胸糞悪いな」 ため息を吐きその場を立ち去ろうとした少年は一度こちらに振り返り、俺を見てニコッと笑った。 その瞳にはもう憎悪はなかった。 俺と学兄さん…俺が学兄さんに劣るのなら分かる…今までそうだった。 でも逆は思い付かない。 俺と学兄さん、学兄さんが劣る違いなんてないと思う。 彼の目にはどう見えているんだ?

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