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第38話
皆姫の話だからか確証はなくても疑う事はしないようだ。
玲音が小声で「…洗脳」って言っていたが、姫というのはそれほどまでに影響力があるんだな。
兄弟なのに学兄さんが一気に知らない人のように思えた。
俺達もこの空気に馴染めなくなり、会話はまだ続いていた。
誓司先輩鬱陶しそうに眉を寄せて学兄さんを睨んでいた。
気のせいだろうか、一瞬だけ誓司先輩はこちらを見たような気がした。
でもそれを確認する前に誓司先輩は前をまっすぐと見ていた。
「お前が、ブラッドクラスで一番強いんだろ!?じゃあお前が次期王だ!!」
「…単純っていうか、バカなんだな」
もう会話をしたくないのか誓司先輩から呆れた声が聞こえた。
周りは誓司先輩が怖くて姫信者でも二人を見守る事しか出来なくて、誓司先輩は腰に手を置きぶら下がっていた銀色のライフル銃を取り出した。
学兄さん達もそこまでするとは思っていなかったのかとても驚いた顔をしていた。
明らかに姫に敵意を露にする生徒はこの学院にはいないと思っていたから余裕そうな顔をしていただけだった。
それが今、冷たい無機質な銃口を向けられて顔を青くした。
誓司先輩は口元を上げて学兄さんを見つめていた。
「…姫だ姫だ言うなら、姫の力を見せてみろよ」
「……力…?」
学兄さんは恐怖でいつもの元気はなく呟くように言った。
ぺたりと尻餅をついてただ見つめるだけだった。
俺の頬を汗が伝い、手のひらが手汗で濡れていた。
周りも誓司先輩の言葉に一気に緊張が走り、ピリピリする。
きっと学兄さんはこの学院にやってきて初めて命の危険を感じているのだろう。
それを見て誓司先輩はバカにしたようにニヤッと笑った。
「あぁ、知らないのか……姫には服従契約の力があるんだ、俺をそれで止めてみろよ」
誓司先輩の口調から学兄さんには絶対出来ないと確信していた。
誓司先輩が銃を握り一瞬で剣に変えて学兄さん達に向かって突進してくる。
学兄さんの取り巻きは学兄さんを必死に守ろうとしてるが、明らかに顔が引きつっている。
周りの誰かが助けるのかと思ったが、怪我をしたくないのか見てるだけだった。
誓司先輩は取り巻きの壁を簡単に飛び越え学兄さんに一直線に刃を向けた。
大丈夫、だって学兄さんは姫なんだから使える筈だ。
「姫の名を汚した自分自身を恨むんだな!!」
「うわぁぁっ!!!!」
学兄さんは必死に手を振り力を出そうとするが誓司先輩が止まる事はない。
姫の力とやらは学兄さんから発動する形跡がない。
……このままじゃ、学兄さんが怪我じゃ済まなくなる。
学兄さんは俺の事が嫌いだが、俺には…たった一人の兄さんなんだ。
この世界では当たり前かもしれないが死んでいい人なんて誰もいないんだ。
誓司先輩は俺の声で止めてくれた、ならもしかしたらまた…
二人に向かって一歩踏み出すと玲音に腕を掴まれ止められる。
危ないから止めたのだろう、ならば声だけでも張り上げて叫んだ。
「「やめろぉぉ!!!!!!」」
せめて声だけ届いたらと大声を出したら学兄さんと声が被った。
その時、一瞬だけ地面が光った気がしたが皆学兄さんと誓司先輩に夢中で誰も気付かなかった。
誓司先輩は一瞬動きを止めたと思ったら床から突き出るように現れた全身金色に光る鎖のようなもので両手を拘束されていた。
ギチッと強く鎖が皮膚に食い込んでも誓司先輩は顔色を変えなかった。
見た目は痛々しいけど見た目ほど痛くはないのかもしれない。
学兄さんは何が起きたのか分からず気が抜けて固まってたら野次馬の誰かが呟いたのが聞こえた。
「……姫の力だ」
その声が引き金になり、皆が歓声を上げている…勿論学兄さんに…
学兄さんも取り巻き達に褒められて笑っていた。
俺はまだこの状況を理解出来ず呆然と見ていた。
……これは、俺が声を出さなくても学兄さんだけで何とかなったのか?
とりあえず助かって良かったとホッと胸を撫で下ろす。
学兄さんが姫の力とやらを出したのを見て改めて学兄さんが姫なんだと再確認した。
「……もしかして俺、声なんか出して余計な事しちゃったか?」
「そうだね、死んでくれたら平和だったのに…」
「……え?」
「うん?」
玲音がいつもと違う暗い声を出すから気になって見ると玲音はいつも通りニコニコして首を傾げていた。
玲音って、学兄さんの事嫌いだったっけ?どっちでもないと思っていたけど…それを玲音に聞く勇気はない。
それに何だかさっきから体が熱くて変な感じがした。
ヤバい、もしかして昨日のシャワーで風邪引いたかな。
いつの間にか鎖がなくなって自由になった誓司先輩がフラフラと食堂を出ようとしたら、取り巻き達に起こされていた学兄さんが気付いて大声を出した。
その顔にはもう誓司先輩への恐怖は感じられなかった。
「どうだ!!これが姫の力だ!!」
「……そうだな」
誓司先輩はさっきの元気がなく、軽く学兄さんをあしらってるだけだった。
誓司先輩は学兄さんが姫で嬉しくないのだろうか。
俺を姫だと思っていて宛が外れたからがっかりしたとか?
……俺より学兄さんの方が姫っぽいしいいと思うけど…
そんな事を考えていたら俺達の横を通り過ぎる時、俺は誓司先輩に視線を向けた。
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