50 / 110
第50話
あれから玲音を起こさないようにそっと部屋に帰ってきて翌日の事だった。
玲音とちゃんと話し合おうと思って自室を出たら想像もしていなかった事が目の前で起きていた。
綺麗に体を折り曲げて玲音が土下座していた。
なにが起きているのか自分でも分からず、あれから玲音と会話してないよな…と首を傾げる。
とりあえず俺が玲音に土下座させるような事は何もないから玲音の前に座り顔を上げるように言う。
しかし玲音は動かなかった。
「ごめん瑞樹、瑞樹の事を考えないで一方的に反対して…でもそれは瑞樹が心配だったからで」
「玲音、大丈夫だ…ちゃんと分かってる」
「瑞樹ぃ!」
玲音は顔を上げて俺の腰に抱きついた。
昨日の今日だし、櫻さんがなにか言ったのかな?知り合いみたいに感じたし…
玲音の頭を撫でて、まるで猫のようだと頬を緩ませる。
櫻さんが言ったとしたらきっと俺の部活の話も聞いたかもしれないが、俺は自分からも玲音に伝える事にした。
言ってないかもしれないしな。
まずは紅葉さん達の話をしよう。
「俺の事…いろいろ教えてもらったんだ、ある人に…それでも俺、やっぱりバンドの練習に行くよ」
「……」
「それに、ずっと玲音と一緒にいられる時間はないんだ…クラスも離れているし、だから俺はもっと強くなって玲音を守れる男になりたいんだ」
「誰かに守ってもらうほど、俺は弱くないよ」
そう言う玲音だがとても嬉しそうに笑っていた。
玲音は俺の正体を知っているの、だからなのか少しだけ複雑な顔をしていた。
やはりまだ不安要素があるのだろう事が分かる。
早く櫻さん達に鍛えてもらって一人前にならないといけないな。
俺から離れた玲音は俺の両手を両手で包み込むように握った。
暖かな玲音の体温が染みてくるように感じた。
「瑞樹に戦う力がある事は分かってる、瑞樹と深く繋がった時、強いエネルギーを感じた…でもそれが魔物に対してどのくらい効くのか分からない…瑞樹は少し変わってるだけのただの人間なんだよ?」
「それは、分かってる…」
「でも瑞樹がそうしたいというなら俺はもう止めない、瑞樹だって男の子だからね…でも好きな人を守りたいと思うのは俺も一緒なんだよ」
「だから…」と一度言葉を区切り立ち上がった。
指輪が出てきたのはつい昨日の事だ、まだそれでなにか変わるか分からない。
でも俺にも戦う力があるという事は大切な人を守れる力があるという事だ。
この力を使いこなせるようにならなくてはいけない、一日も早く…
玲音が手を差し伸ばし、それを握りしめると引っ張りあげられ立ち上がった。
俺と玲音の指輪が擦れ合う。
「俺も行く」
「…玲音」
「バンドはよく分からないからただの見学だけど、いい?瑞樹」
俺は微笑んで頷いた。
こんな簡単な事だったんだな、もしかしたら難しく考えすぎていたのかもしれない。
部活の事も玲音に言いてっきり部活も来るのかと思ったが「…それは瑞樹に任せる」と言われた。
ちょっと目を逸らされてなにかあったのかよく分からなかった。
後日バンド練習に参加するから玲音にその事を伝えると自室から出ていってもらった。
玲音には悪いがちょっと着替えを見られると意識してしまいやりづらくなってしまう。
今日も休みだが今日はどうしようか、紅葉さん達学院内で練習してるのか?
ローズ祭まで時間がないし、あまりのんびりしていられないな。
そう思っていたら家のチャイムが鳴り響いてボタンを外す手を止めた。
誰だろう、飛鳥くん達だろうか。
玲音がドアを開ける音が聞こえて俺は着替えの続きをしてシャツを脱いだ。
ズボンを下ろそうとしたらなにか言い争う声が廊下から聞こえてきて手を止めると自室のドアが開いた。
「瑞樹様はいます……かっ!!!!???」
「…せ、先輩…おはよう、ございます」
上半身裸で硬直した俺と誓司先輩。
苦笑いしながら挨拶するが、かなり気まずい。
昨日の今日でなにかいい忘れた事でもあるのだろうか。
玲音は誓司先輩に後ろから文句を言っているが入り口を先輩が塞いでいるから入れないと俺に助けを求めていた。
とりあえずなにか着ようとクローゼットの中からワイシャツを取り出して袖を通す。
俺が服を着ると何だか誓司先輩が残念そうな顔をしていた。
「無防備な姫をもっと見たかった…」
「……え?」
「いえ、それより姫に会わせたい奴らが居るんです…会ってもらえますか?」
「会わせたい人ですか?」
「俺の他の姫騎士達ですよ」
そうか、姫騎士は誓司先輩だけなわけないか。
他にもいるよな、誓司先輩の仲間なら安心できる。
俺は安心できるが玲音は安心できるないような顔で誓司先輩を睨んでいる。
それを誓司先輩が無視していて、また喧嘩になっていた。
俺がさっきのように「玲音も一緒にいいですか?」とお願いしたら誓司先輩は思いっきり首を横に振っていた。
ただ紹介するだけなら玲音がいても良いかと思ったんだけどダメみたいだ。
玲音も納得できないと誓司先輩に訴えていた。
誓司先輩は面倒そうに玲音を一睨みしてから俺の手を掴んだ。
「瑞樹になにかあったら危ないだろ!」
「…瑞樹様に危害を加える奴はたとえ仲間でも殺す」
誓司先輩はイラついたような様子で玲音に言った。
玲音は言葉に詰まりただ誓司先輩を睨むだけだった。
さっきのは俺でも分かった、空気が一気に凍りついたように感じた。
俺と繋いでいる手は壊れ物を扱うような優しいものでギャップに戸惑ってしまう。
自室を出る前に玲音の横を通りすぎた誓司先輩が口を動かしていたからなにかを玲音に伝えているようだった。
苦い顔をした玲音に俺は玲音の手を握ると慌てて俺の顔を見た。
「玲音、大丈夫…帰ってきたら皆で鍋にしよう」
「なべ?」
「うん、暖かくて美味しいよ…玲音も気に入ってくれたら嬉しいんだけど」
「瑞樹の料理なら何でも好きだよ!楽しみ!」
玲音はすぐに明るく笑い俺に大きく手を振って見送ってくれる。
俺も手を振り部屋を出ると誓司先輩は溜まっていた息を吐くように大きくため息を吐いた。
チラッと俺を見てから顎に手を当てて考え事をしていた。
鍋なら皆で食べた方が楽しいよな、玲音と飛鳥くんと英次と…部屋にあるテーブルは大きいから誓司先輩と他の姫騎士の人達も呼べるかもしれない…姫騎士の人数にもよるけど…
誓司先輩は吸血鬼だけど人間の料理食べた事あるのだろうか。
人間の料理だけじゃなくて魔物の料理があればそれも料理のレパートリーに入れたいな。
「誓司先輩、俺達と一緒に夕飯食べませんか?」
「…姫のお誘いはとても嬉しいのですが、俺はあまり大勢で食事は………姫と二人っきりなら大歓迎なんですが」
「そうですか、じゃあ料理持っていきますね…姫騎士の皆で食べてください」
「もったいないお言葉!ありがとうございます!」
誓司先輩は泣いていた、泣くほどなのかと慌てた。
俺の知り合いは皆優しい人だなと嬉しく思った。
誓司先輩はスキップ気分で俺の手を握り直して歩いていった。
寮を出て、学院に向かって歩いていった。
学院内に姫騎士達はいるのか、どんな人だろう…なんだか緊張してきた。
櫻さんに会う時も緊張していたが、それ以上に自分の秘密を知りたくてこんなに緊張していなかった。
「誓司先輩、姫騎士って誓司先輩の他に何人居るんですか?」
「今は二人です」
今は……その言葉の意味は分からず、誓司先輩も答える気はなさそうだった。
そのまま学院の裏庭に回った。
姫騎士がいるのはブラッドクラスの校舎の中にあるのか、一度行った事はあるがあの時はそれどころじゃなくてよく見ていなかった。
休日の学院は部活をしている数人の生徒が歩くだけで寂しいものだった。
襲われずに済むからいいのだろう、数人のすれ違う吸血鬼の生徒達は誓司先輩の顔を見るなり目を逸らすから俺の事は気付いていないのだろう。
あれ?でも今日、人間のにおいしないのか?先生に消してもらってないけど…
自分ではにおいは分からないから誓司先輩の肩を叩くと振り返った。
「誓司先輩、俺においます?」
「姫はいつもいいにおいですよ」
「…えっと、じゃなくて人間の…」
誓司先輩は驚いた顔をしてこちらを見ていた。
なにか変な事を言ってしまっただろうか。
俺を素通りする人達はまるで俺が人間だと気付いていないようだった。
誓司先輩は俺を見つめて微笑み「姫は力を覚醒したので人間のにおいはしませんよ」と言われた。
そうなのか、それだったらもう気にしなくていいのかとホッと胸を撫で下ろした。
廊下を歩いていると、ある教室の前で立ち誰かを待っているような落ち着きがない生徒が見えた。
その生徒は俺達に気付いて駆け寄ってくる。
そして突然膝を降り、ひざまずいた。
いきなりの事に驚いてどうしたらいいか誓司先輩を見つめる。
「お待ちしておりました、ジョーカー様」
「中で待っていれば良かったのに」
「いえ、姫様にご紹介していただけるのにただ待つなんて…居てもたってもいられず」
「……まぁ、とりあえずそのかたっくるしいのどうにかしろ、姫が戸惑うだろ」
「ですがこれが私なのでどうする事も」
金髪の少年は立ち上がった。
さっきは遠くで気付かなかったが、執事のような燕尾服を着ている。
中性的で美しい彼にとてもよく似合っている。
金髪の少年は俺の方を向いて微笑んだと思ったら、今度は俺の前にひざまずき手を取った。
手の甲に口付けを落として恥ずかしくて顔を赤くする。
誓司先輩は困ったような顔をして俺達を交互に見つめていた。
「ずっとこの時を待っていました、姫様…お会いしたかった」
「あ、ありがとう…ございます…森高瑞樹です」
ともだちにシェアしよう!