51 / 110
第51話
「白石 貴斗 と申します、ジャックとも呼ばれております…姫様のお好きなように呼んでいただきましたら私にとって」
何だか礼儀正し過ぎてどう返せばいいのか分からない。
俺の周りにはいなかったタイプだ、どうしよう。
誓司先輩は眺めていたが、俺の腕を引いて教室の中に連れていってくれた。
助けてくれたのだろうか、少しだけホッとした。
白石さんも悪い人ではないんだけど慣れるまで時間掛かりそうだな。
中に入ると、使われていない教室なのか椅子と机が端に重ねて山積みされている。
そして椅子に座ってだらけている肩まで長く後ろで少しだけ結んでいる茶髪の少年がいた。
彼はこちらを見るなりへらへらと笑い手を振っている。
「遅いじゃんジョーカー、姫ちゃんとイイ事してたの?」
「…あ?」
明るく場を和ませるような声なのに、誓司先輩の声が低くなる。
寄り道していたわけじゃないのにそんな事を言われた誓司先輩だって怒るよな。
もし少し遅れたとしたら俺が着替えていたせいだから誓司先輩のせいではない。
俺が誤解を解こうと口を開こうとしたらその前に、後ろにいた白石さんが俺達の横を通りすぎたと思ったら、素早く茶髪の少年の後ろに回り込み片手をねじ曲げて地面に押さえつけた。
茶髪の少年は顔を歪ませ痛そうな呻き声を上げていた。
椅子が倒れる音が響き驚いていたらさっき俺達と話した口調とは違うトーンで口を開いた。
「お前のようなクズが、ジョーカー様と姫様を愚弄するな」
「いってぇな、怪力!離せって!」
茶髪の少年は白石さんに訴えるが手の力を緩める気はないようだった。
誓司先輩はいつもの事だと思っているのか全然止める気配がなかった。
二人のところに向かい、白石さんが茶髪の少年の腕を掴んでいる手に手を重ねた。
白石さんだけではなく茶髪の少年も驚いて俺を見つめていた。
喧嘩はよくない、ここにいるという事は皆姫騎士なのだろう。
相性があるから仲良くとはいかなくても、仲間なんだから傷付けあってほしくない。
「俺は大丈夫です、それに遅くなったのは俺が着替えてて戸惑ってしまったからなので誓司先輩は悪くありません」
「…姫様」
「………」
白石さんはハッと我に返ったようにこちらを見つめていた。
すぐに手を離してくれて茶髪の少年から離れた。
茶髪の少年を起こそうと伸ばした手をチラッと見つめて握り返してくれた。
引っ張り上げたらすぐにその手は誓司先輩により少し強めに離された。
茶髪の少年はさっきまで怒っていたようだったがため息を吐いて苦笑いしていた。
俺が出来るのは止めるだけで、仲直りは本人達がする事だから口出し出来ないな。
「ほらクイーンも、姫が来てるんだから自己紹介しろ」
「はいはい分かったよ、ジョーカー」
クイーンと呼ばれた茶髪の少年は怠そうにゆっくりと立ち上がり、俺の前にやってきた。
自己紹介する前にあんな事になってしまったが自己紹介しようと口を開くと、突然腕を引き寄せられた。
予想出来ず足がもつれて茶髪の少年にもたれ掛かるような体勢になってしまった。
すぐに離れようとするが胸元を押すがびくともしなかった。
誓司先輩達は俺がいるから何も出来ないようで茶髪の少年に離れるように言っているだけだった。
頭の上でクスクスと楽しそうに笑う笑い声が聞こえた。
「人間なのに吸血鬼同士の争いに首突っ込むなんてカッコいい事してくれるね」
半笑いで言うその言葉に何故か優しさを感じなかった。
……なんだろう、あまり俺にいい感情を抱いていないのかもしれない。
初対面なら当然だろう、俺だってまだこの人の事知らない。
「俺は、怯えて震えてるウサギちゃんの方が好きだなぁ」と耳元で囁いて耳たぶを軽く噛まれた。
鋭い歯が軽く食い込み、ビクッと体を震わせた。
手がそっと背中を撫でて腰に触れ、もっと下に向かって滑っていく。
触れるか触れないかのギリギリの距離で茶髪の少年は手を下ろした。
「ジョーカーが怖いから今日は止めとくね~」
「…え、あ…はい」
「俺の名前は木嶋 梓馬 、クイーンって呼ばれてるんだ…姫を守る騎士なんだけど、俺は…あの二人と違ってあんまり君の事好きじゃないんだ」
さっきまで笑っていたのにふと笑顔が消えて無表情のまま俺から離れた。
すぐに誓司先輩がやってきて木嶋さんからもっと距離を取らされた。
好意的ではないと思ってはいたが、嫌われていたのだろうか。
人間だから嫌いなのか、俺が余計な事をして木嶋さんと白石さんを止めたから嫌だったのかはよく分からない。
「…ごめんなさい」と謝ると木嶋さんはこちらを一瞬見て首を傾げていた。
白石さんが木嶋さんを睨んでいてまた喧嘩になりそうだったから誓司先輩を見つめると誓司先輩は白石さんに目線を向ける。
「姫を送る、ジャックも来い」
「分かりました」
「クイーンはもういい」
「はいはーい、じゃあまたなんかあったら呼んでねぇ」
木嶋さんに教室の入り口まで見送られて俺達は教室を出た。
木嶋さんとも姫騎士関係なく友人になりたいが無理なのだろうか。
戦うだけじゃなくて友達になれる能力もあったらいいのになと指輪を眺める。
……桃太郎のきびだんごみたいな能力あるわけないか。
しばらく無言で歩いていたが誓司先輩が足を止めて俺と白石さんも足を止めた。
振り返った誓司先輩は申し訳なさそうに俺を見つめていた。
「申し訳ございません瑞樹様、わざわざ来ていただいたのにあんな…」
「いえ、俺が余計な事をしてしまっただけで…」
「瑞樹様は自分の騎士を止めただけです、俺だったら二人共ぶん殴って止めるしか出来ません…瑞樹様だからこそなせる技ですよ」
「それに、クイーンが姫様にあんな態度なのは姫様自身のせいではありません」
白石さんは静かにそう言い話してくれた、姫騎士の四人目の話を…
姫騎士はジョーカーをリーダーに、キング、クイーン、ジャックという呼び名があった。
キングは一生懸命で努力家だった、そして人を疑わない性格だった。
クイーンはいつもだらしなくて何事もやる気がなくキングとは正反対な性格だった。
だけど二人はいつも一緒に居て周りから見ても親友と呼んでもいい関係だった。
一緒にいた理由はお互い気を使わないでいいからだそうだ。
姫の話は子供の頃から聞かされていて姫騎士達は俺と出会うずっと昔から姫の騎士になる事を知っていたそうだ。
それは例外なくキングもクイーンも同じだった。
俺の事を櫻さんから先に知ったのは誓司先輩だけだった。
入学式のギリギリ前に教えられたから誓司先輩が他の姫騎士達に俺の話をした時、入学式から一週間過ぎた時の事だった。
クイーンとジャックは誓司先輩の言葉に耳を傾けていたが、キングだけが誓司先輩に反発したそうだ。
キングの真面目さが原因だったのかもしれないと白石さんは言った。
俺の話より先にやって来たのが学兄さんだった。
学兄さんは入学式で姫だと大々的に公表したそうだ。
キングはその話を信じ、自分が守るべき相手だと学兄さんのところに向かった。
誓司先輩達は何度もキングを連れ戻そうと説得していたそうだが、キングはとうとう学兄さんのところから戻らず誓司先輩達と連絡が取れなくなったそうだ。
キングは姫騎士唯一の魔法使いで吸血鬼である他の姫騎士は会おうと思っても会えないようだ。
クイーンとも会う回数が減り、友人を姫に取られたと思い込んでいるという。
「クイーンが嫌いなのは詳しく言うと瑞樹様じゃなくてドブネズミの方なんですよ」
「だから姫様が気にする事はないですよ」
学兄さんか、その姫騎士の人が学兄さんを守ってくれるならいいけど…そうなったら木嶋さんがずっと姫嫌いのままだよな。
学兄さんがただの人間だと知られたらその姫騎士はいったいどうするんだろう。
難しい事だ、一度その姫騎士の人に会ってみたい気もするけど…俺がいたら混乱してしまうかもしれない。
とりあえずまた余計な事をしないように見守っていよう。
誓司先輩が白石さんを見ると白石さんは俺達にお辞儀をして来た道を引き返してしまった。
なにか用事あるのだろうかと思っていたら誓司先輩に手を掴まれて歩き出した。
そして校舎を出た時、誓司先輩が壁に寄りかかった。
「姫騎士は、姫との契約なしでも無条件で守り愛す事が生きる意味なんです」
「…それって、本当にその人の意思ですか?子供の頃から姫騎士だったって…選択肢はあったんですか?」
ともだちにシェアしよう!