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第52話
「選択など不要です、それが俺達が姫騎士に選ばれた幸福なのですから」
本当にそれが姫騎士の人達の心からの幸せなのだろうか。
生まれてからずっと会った事がない人を想い続けて守って…姫騎士ではない俺は勿論誓司先輩達の気持ちは分からない。
でも姫の他に好きな人が出来たらどうするのだろうか。
あり得ない話ではない、誓司先輩達にだって心がある。
俺を守るために本当に守りたい相手を守れないのは嫌だ。
誓司先輩にはいろいろ助けてもらったからこそ、姫とかではなく本当の意味で幸せになってほしい。
口を開いて自分の考えを言おうとしたが、誓司先輩に人差し指を唇に当てられ言葉を飲み込んだ。
悲しげに微笑む誓司先輩はいつも以上に綺麗に見えた。
「瑞樹様が言いたい事は分かります、俺の気持ちを疑っているのでしょう?」
「…そういうわけじゃ」
「姫騎士は契約しなくても姫を守る従者の力を手にしています、だから不安になるのも分かります」
櫻さんといた時、姫騎士は契約がなくても姫を守ると言っていた事を思い出す。
体を繋げなくても従者になれる唯一の存在が姫騎士なのではないのかと思っている。
だから玲音の時のように愛がなくても守らなくてはいけない。
不安……確かに言われれしまえばそうかもしれない。
俺は誓司先輩が義務だけで俺という存在に縛られているのではないかと不安なんだ。
俺に誓司先輩の気持ちが分かれば良いのに…そしたら俺は…
「瑞樹様、俺に貴方の指輪をください」
「……え?」
「指輪は愛の証、俺は本来契約の必要がない存在…ですが出来ないわけではない」
「そうなんですか?」
「俺の気持ちを知るには一番いい方法になります、契約は嘘をつかないですからね…」
誓司先輩はフフッと妖艶に微笑んでドキッとした。
俺の指輪をしている方の手に触れると暖かかった。
契約という事はつまりそういう行為をするという事だ。
俺と誓司先輩が身も心も繋がる…考えた事もなかった。
確かに気持ちを知りたいなら一番いい方法なのかもしれない。
玲音のように誓司先輩を深く知って契約の指輪を…
「決めるのは瑞樹様です、だから今夜…俺の部屋に来て下さい」
「今夜…」
「来なかったら諦めます、俺は瑞樹様の愛がほしいんです…だから、ずっと待っています」
「俺の部屋は4080です」と誓司先輩は少し寂しそうに言った。
誓司先輩なら本当にいつまでも待っているように感じた。
誓司先輩に俺の部屋の前まで送ってもらい別れた。
俺はこれから誓司先輩とどうなりたいのだろうか。
誓司先輩の事は嫌いじゃない、俺の事を守ってくれて頼りになって…むしろ好きなんだ。
その好きは恋愛感情か分からない、俺はまだ誓司先輩の事を姫騎士という事以外何も分からない。
もっともっと、誓司先輩の事を知りたいと思う気持ちは本物だ。
部屋に帰ると玲音が疲れたような顔をしてリビングのテーブルに伏せていた。
なにがあったのか聞いても屍のように動かなかった。
そういえば部屋から出る前に誓司先輩が玲音になにか言っていたが関係しているのだろうか。
「玲音、具合悪いならベッドで寝た方がいい」
「わぁい、瑞樹だぁ…」
玲音は俺を見るなり抱きついてきた、ちょっと目が虚ろのような気がするが大丈夫だろうか。
玲音になにかあったかは分からないがとりあえず休んだ方がいいのは分かる。
今日の買い出しは飛鳥くん達を誘って行こうかな。
今空いてるだろうかと玲音を腰にぶら下げながら連絡を取る。
飛鳥くんは部活で来れないみたいで英次は暇でちょうど行く予定だったと飛んできてくれた。
まだ夜まで時間はたっぷりあり、その間にちゃんと答えを出そう。
「あれ?瑞樹何処行くの?」
「作りすぎたからお裾分けに誓司先輩のところに行くんだ」
夕飯を食べ終わり、残りの鍋料理を持って玲音に言う。
約束だったし美味しく出来たから口に合えばいいな。
まだいっぱいあるから他の姫騎士の人達にも食べてほしい。
俺は鍋の中身を溢さないように大きめの袋に入れるのを玲音が後ろからジッと見ていた。
「夜は危ないから一緒に行こうか?」と玲音は言うが俺は断った。
俺はただ行くわけじゃない…だからダメなんだ。
「もしかして、契約しに行くの?」
「…っ!?」
「アイツは姫騎士だから必要ないと思うけど」
玲音は「うーん」と少し考えて冷静な顔でそう言った。
玲音も契約は必要な事だと分かっているのか止める気はないそうだ、正直助かった…もし止められたらまた揺らいでしまうところだった。
俺自身、まだ迷っている…もし契約が出来なくて誓司先輩は俺に愛を感じていない事を知るのが恐ろしかった。
でも何もせずただ逃げているだけなのは嫌だから行くんだ……俺は誓司先輩を知りたいと思っている気持ちは確かにあるから…
玲音は「瑞樹が決めた事なら俺はもう何も言わないよ」と笑った。
玲音に「いってきます」と言って静かに部屋を出た。
誓司先輩の部屋まで長いようで短い距離、緊張する気持ちを落ち着かせる。
大丈夫だ、変に考えずにいつも通りにしていればいいんだ。
無意識に足を早めてしまったようで、目の前に「4080・仁科誓司」と書かれたプレートの部屋があった。
誓司先輩は一人部屋のようで同室者の名前なかった。
部屋のチャイムを鳴らすと少ししてドアが開いた。
「誓司先輩」
「いらっしゃい瑞樹様、中にどうぞお入り下さい」
誓司先輩に招かれて誓司先輩の部屋にお邪魔する。
鍋を持ってきた事を伝えると喜んでくれたから良かった。
俺達の部屋と変わらない作りの部屋だが誓司先輩の部屋はあまりにも殺風景過ぎて驚いた。
娯楽のテレビもソファーもテーブルもない、まるで引っ越したばかりのような変な違和感を感じる部屋だった。
冷蔵庫は備え付けだからかあって持ってきた鍋を入れた。
しかしテーブルもないとは思わなかった、どうしようか。
「誓司先輩、いつも食事はどうしているんですか?」
「いつもは食堂で済ませているのでここには寝に帰るだけなんです」
だから殺風景なのだろうか、誓司先輩さえよければいつでも俺と玲音の部屋に来てくれたら歓迎するのにと思った。
誓司先輩にエスコートされるように手を差し出された。
ここにきた、もう一つの目的…覚悟を決めて誓司先輩の手を取った。
誓司先輩が寝ている寝室のドアを開けて部屋に入る。
本当にいいのかといいたげな顔をして誓司先輩は俺を見ていた。
その前に俺は誓司先輩に個人的に聞きたい事があった。
「誓司先輩は俺の事をどのくらい知っているんですか?」
「そりゃあ勿論いろいろと、全てを知ってるわけではないんですが」
「でも俺は誓司先輩の事を何も知りません、姫騎士だってあまり知りません」
「…瑞樹様」
「だから俺にも教えて下さい、誓司先輩の事を知りたいです」
俺の言葉に誓司先輩少し驚いた顔をして、笑ってくれた。
ベッドとクローゼットしかない寝室のベッドに腰を下ろし、自分の隣へと手招く。
誘われるまま俺は隣に座ると誓司先輩はベッドの枕元に手を伸ばしてなにかを手に持つ。
それは片手サイズでタイトルがない少し古びた本だった。
その本を誓司先輩は大切そうに手で撫でていた。
誓司先輩にとってその本はとても大事なものなのだろう。
「他の姫騎士は違いますが、俺の家は代々姫騎士になる宿命を背負った一族なんです」
一つ一つ俺に分かりやすく誓司先輩は話してくれた。
誓司先輩の過去…俺の知らない誓司先輩がそこにあった。
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