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第59話

※飛鳥視点 「…は?瑞樹が?」 「そう、今姫騎士ジョーカーと愛を確かめ合ってるの」 瑞樹を迎えに行く少し前の時間、英次の携帯道具から白山玲音から部屋に来てと呼び出された。 そして話された内容はとても衝撃的なものだった。 この男の言葉なんて信用出来るわけがなかった。 瑞樹がそんな事するわけがない、頭の何処かでそう思っていた。 英次も顔を青くしてショックが隠しきれていなかった。 元々胡散臭いコイツの言葉なんて信用出来るわけがない。 兄貴じゃなく瑞樹が本物の姫で、瑞樹は複数の男と結ばれて力を得なくてはこの学院で生き残れないなんて…急に言われて信じられるわけがない。 白山玲音は俺達に手を見せた。 「信じようが信じまいがどうでもいいけどこれが証、俺は瑞樹の愛をもらった」 その薬指に光るシルバーの指輪、確か出会った頃はしていなかった。 だがそれをいつ買っていつ嵌めたのか俺は知らないし証拠にもならない。 ……瑞樹の薬指にも同じものがあれば話は別だけど… 英次はどう思っているか知らないが、俺は信じなかった。 瑞樹は今まで男が好きとか聞いた事がないしそんな素振りは見せなかった。 だから勝手に瑞樹はノーマルだと諦めるように自分に言い聞かせていた。 「そんなに信じないなら瑞樹に会わせてあげる、今ならまだジョーカーの部屋にいる筈だよ」 「……分かった、お前が嘘を付いている事を証明してやる」 たとえ瑞樹がジョーカーの部屋から出てきても用事があっただけという可能性だってある。 我ながら言い訳がましいが、そう思わないと今まで築き上げてきたものが壊れてしまうような感じがした。 白山玲音は英次にも声を掛けたが情けない英次は行かないと言って部屋を出ていった。 情けない、コイツの嘘にまんまと嵌まりやがって… そしてジョーカーの部屋で待つ事数分、アイツの言った通り瑞樹が部屋から出てきた。 それだけなら覚悟をしていたから取り乱す事はなかった。 瑞樹の薬指に光って見えたシルバーリングを見るまでは… 頭が真っ白になった、友情の証でペアリングをしてるだけだと頭で必死に言い聞かせていた。 だけど瑞樹と目線が合い、俺は瑞樹を見れなくなり走って逃げた。 嘘だ、嘘だ、瑞樹が…本当に…あんな奴らに…好きにされていたというのか! 頭がぐちゃぐちゃでどうしたら良いのか分からない。 寮を飛び出してきて、また戻る気にはならなくて少し早いが学院に向かって歩いた。 瑞樹は男もイケるのか?しかも二人となんて…いつか英次ともするのか? …………じゃあ、俺は?俺はどうなんだ?弟でも瑞樹は受け入れてくれるのか? 「弟なんて、何も出来ねぇじゃないか…」 傍にあった木を殴ると手がジンジンと痺れてきた。 ガヤガヤとだんだん話し声が大きくなり吸血鬼が教室に集まってきた。 俺は一番乗りで教室に来ていて、ずっと顔を伏せていた。 今の俺は酷い顔をしているだろう、誰にも見せたくない。 瑞樹は今何しているんだろう、いや…止めておこう…虚しくなるだけだ。 「おっはよ!鳥ちゃん!」 「……」 「あれ?どうしたの?」 明るい琉弥の声が聞こえるが返事をする元気はなくて無視した。 しかし琉弥はしつこく俺の体を突っついたり背中に乗ってきたりかなりウザい。 これ以上なにかされる前に仕方なく顔を上げた。 琉弥は俺の顔を見てさっきまで笑顔だったが驚きの顔に変わった。 鏡を見ていないから酷い顔をしている事だけは分かるが、そんなにヤバいか? 琉弥は前の席の椅子だけ借りて座って首を傾げた。 「どうしたの鳥ちゃん、お腹空いてるの?」 「……お前は食欲しか頭にないのか?」 「そんな事ないよ!でもいつもクールな鳥ちゃんが元気ないからさ」 ただの空腹だけだったらどんなに良かっただろうか。 琉弥はカバンからなにかを探り、取り出したものを俺に見せた。 それは吸血鬼なら食料としてお馴染みになっている輸血パックだった。 「吸血鬼は定期的に血を飲まないと誰彼構わず襲っちゃうからね」と琉弥はもう一つの輸血パックを飲んでいた。 それは知ってる、授業で必ず習うから俺もいつかまた瑞樹と会った時に暴走しないように飲み続けていた。 …そういえば、瑞樹が転校してきて一度も飲んでいなかったな。 でも今は飲む気分ではなくて琉弥に輸血パックを返した。 「…鳥ちゃん?」 「琉弥、悪い…一人にしてくれ」 一人で考えたいんだ、これからどう瑞樹と接するか。 瑞樹の事は軽蔑したり嫌いになったわけじゃない、むしろまだ好きでいるのが辛いだけだ。 瑞樹を独り占めしたいという欲求はとうの昔に捨てている、俺がどんなに愛しても男で弟だから無理に決まっている。 だからせめて俺が知らないところで瑞樹を本当に愛してくれる女性と結ばれてほしかった。 そしたら諦められるから、なのに…俺が弟というだけでダメになる現実なんて… トントンと軽く肩を叩かれてそれを片手で払う。 琉弥、ほっといてくれって言っただろ…俺はまだ… 「まだショック受けてるの?飛鳥くん」 「…っ!?」 琉弥ではない声を聞いて顔を上げて振り返った。 前髪でどんな表情をしているか分からないが雰囲気から呆れているような顔をした白山玲音が立っていた。 瑞樹の次に見たくない顔があり眉を寄せて睨む。 全く気にしていない白山玲音は「昼休み、裏庭に来て」とだけ言い自分の席に座った。 用があるなら今すぐ言えばいいのにわざわざ裏庭に呼び出す。 ……瑞樹が俺を呼んでいるのだろうとそう思った。 まだどんな顔をして会えばいいか分からないが、瑞樹をずっと避けていても前には踏み出せないだろうなと覚悟を決めた。 「琉弥、さっきは悪かったな」 「ううん、よく分からないけど頑張ってね!」 琉弥にエールをもらい、俺は昼休みまで全然頭に入らない授業を受けていた。 昔々、小さな二人の兄弟がいました…全く顔が似ていなくて三つ子なのにいつも年子と間違われました。 一人は泣き虫でいつも虐められている平凡な少年。 一人はいつも双子の兄を守る騎士のようなカッコいい少年。 いつも一緒に手を繋いで歩いていました、しかしそれは突然やってきた。 三つ子のもう一人の意地悪な少年が平凡な少年に肝試しを提案しました。 暗くなった山道を通り、山の天辺に置いてきたお菓子の袋を取って戻ってくる事。 カッコいい少年は反対しました、迷子になったら危ないと。 しかし意地悪な少年は全く聞く耳を持ちませんでした。 カッコいい少年は意地悪な少年を無視して平凡な少年を連れて家に帰りました。 まだ小学生なのに一人で山道なんて通ったら怪我をしても可笑しくありません。 家に帰って少ししたら平凡な少年が目元に涙をためながら意地悪な少年と言い合いをしているのが見えました。 何をしているのか耳をすませると意地悪な少年が平凡な少年が大切にしていた青いバラの花を山の天辺に捨ててきたと言っていました。 なんて酷い事をするんだと意地悪な少年を怒っても知らん顔をしていました。 明日は朝から雨で大量の雨が降るときっとバラの花は枯れてしまう。 平凡な少年は諦める事が出来ずに家を飛び出しました。 カッコいい少年も平凡な少年が心配で後を追いかけました。 家から少し離れたところに小さな山があり、カッコいい少年は全速力で走りましたが追い付く事が出来ずに山の入り口で見失いました。 目的地は山の天辺だと知っているのでそこを目指そうと走りました。 息が苦しくても足が痛くなっても平凡な少年を心配する気持ちの方が勝っていました。 何十分が経過したのか分かりませんが山の天辺に到着しました。 そこにいたのは先に来ていたバラの花を持つ平凡な少年が倒れていました。 なにかあったのかと近付こうとしましたが、そこにはもう一人誰かが立っているのが見えました。 全身黒い服に身を包んだ男が平凡な少年に手を伸ばしていて、カッコいい少年は駆け出しました。 「このやろぉ!!」 無力な子供は突進しようとしましたがすぐに男に首を掴まれてそれ以上進みませんでした。 グッと力を少し込められて息が苦しくなっても平凡な少年を心配して見つめていました。 倒れているから自力で逃げる事は出来ないだろう、それでも必死に「逃げろ!!」と声を荒げた。 涙も出てきて声も出せなくなると男はニヤリと不気味な笑みを見せた。 シャツを肩が出るほど伸ばされたと思ったら大きな口を開けて噛みついてきました。 激しい痛みで男の髪を掴んだ、だんだん力もなくなってきて指先の力が抜けてくる。 すると首を掴んでいた力も抜けてきて地面に落とされました。 一気に息を吸い込んでしまい噎せて、目の前で男が倒れてきました。 薄れ行く意識の中、誰かが平凡の少年に近付いているのが見えました。 精一杯腕を伸ばしても全く届かずそのまま意識がなくなりました。 そして目が覚めたのは森の入り口で横には花とお菓子の袋を持って眠る平凡な少年がいるだけでした。

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