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第61話
「謝ってすむのかぁ?誠意を見せろよ誠意をよぉ!!」
「…せ、誠意って…お金は…」
「あぁ?金なんていらねぇよ」
そう言った男は俺の首を掴んだ、このくらい大きな手なら俺の首なんて簡単にへし折れるだろう。
早く飛鳥くんのところに行きたいのに、もどかしい。
吸血鬼の誠意とはなんだ?俺達は今吸血鬼だと思われていると思うから同族の血なんていらないよな。
……それともバレたか、俺達の間に緊張が走る。
大男はにやりと気味の悪い笑みを浮かべて英次を指差した。
そして「ソイツ、魔法使いだな」と静かに言った。
バレてしまった、でも俺は魔法使いだとは思われていないみたいだからブラッドクラスの生徒と違うズボンでバレたわけではなさそうだ。
俺は今、人間のにおいがしていないから当然魔法使いのにおいもしない。
…英次の魔法使いのにおいだろう、英次は留守番させておけば良かったと今さら後悔する。
「ソイツ、お前の餌か?俺にも寄越せよ」
「断る」
「あ?聞こえねぇなぁ!!」
「お前には渡さないって言ったんだ」
「死にてぇみてぇだな!!」
大男が腕を振り上げた、英次を連れてきてしまったのは俺だ…俺が英次を守る!
俺は自由である足を上げて大男の顎目掛けて蹴り上げた。
いつもならびくともしないのに大男が振動でよろけて首を掴んでいた手が離れる。
ダメージを食らったような大男の歪んだ顔が見えて振り上げられた腕を見つめる。
もしかしたら、勝てるかもしれない…指輪から微かだが力が流れてきているような気がした。
もしかして玲音や誓司先輩が力を貸してくれているのかもしれない。
大男の手を受け止めた、少しだけ手が痺れたが動けないほどではない…これならイケる!
大男を引っ張ると思ったより軽くて簡単によろけて腹に目掛けて膝蹴りをした。
そして少し立たせてから回し蹴りをすると廊下を吹っ飛んでいった。
明らかに人間技ではない力に俺と英次は呆然としたがすぐに我に返った。
「瑞樹すげー、カッコいい!!」
「行くぞ英次」
「おう!」
その場を離れる前に気持ち的に大男に謝り、携帯道具片手に飛鳥くんを探しに向かった。
さっきみたいに絡まれないように英次を後ろに連れて耳をすませる。
人気があまりない特別教室が並ぶ廊下を歩いた。
教室で倒れているなら電話口が静かなのはどう考えても可笑しい。
だとしたら昼休み使われていないであろう特別教室にいる確率が高い。
トイレとかも考えたが、トイレは他のところより声がよく反響して聞こえるから飛鳥くんの声からそれはなさそうだと思った。
静かだとその音が余計に響き、足を止めてドアに耳を当てると微かにバイブレーションの音が聞こえる。
「…ここだ」
「ここって何の教室?」
英次は教室名が書かれているであろうものを見上げながら首を傾げた。
名前プレートが真っ白という事はもしかしたら空き教室かもしれない。
突然バイブ音が消えて、俺の電話が切られていた。
なにかあったのか早く飛鳥くんを助けようとドアを開けて、目の前に写る光景に驚いた。
横から英次も見ていて俺同様驚いて開いた口が塞がっていない。
俺達の目の前に写るのは、仰向けで横たわる飛鳥くんの腰に座って多分飛鳥くんの携帯道具を持つ童顔な少年がいた。
童顔な少年はシャツ一枚はだけさせた状態で下は何も穿いていない。
……えっと、これっていったいどういう事なのだろうか。
固まっていた英次もよく分からないながらもぼそりと口を開いた。
「…えっと、お楽しみ中?」
「っ!!」
少年は英次の言葉を引き金に床に散乱していた自分の服を掴んで俺達にぶつかりながら教室を出ていってしまった。
飛鳥くんの恋人だろうか…悪い事してしまった、飛鳥くんに謝ろうと近付きその異変に気付いた。
電話の時同様に荒い息遣いに苦しそうに眉を寄せている。
そういえばさっきの少年は格好が格好だったが飛鳥くんはベルトを外してあるだけでちゃんと服を着ている。
俺達は医者じゃない、吸血鬼がどうしてこうなったか分からない。
俺は兄として飛鳥くんの傍を離れるわけにはいかないから英次に言った。
「英次!保健室行って誰か連れてきてほしい!」
「わ、分かった」
これで飛鳥くんの苦しみが少しでもマシになればいい、そう思っていた。
首に手が絡まり、ブチッと音が耳元で聞こえた。
状況が理解できず声にならなかった、ただ激しい痛みと体の疼きだけは本物だ。
教室を出ようとした英次は目を見開き驚いて引き返した。
少し混乱している頭を冷静にしようとするが、食い込む痛みに顔を歪ませる。
飛鳥くんに後ろから首を噛まれていた、暖かい血がシャツに染み込む。
「何やってんだお前!!瑞樹から離れろ!!」
「…英次、痛い」
「ご、ごめん」
英次は俺と飛鳥くんを引き剥がそうと飛鳥くんの頭を掴んで押していたが、離す気配がないから俺の傷まで引っ張られて余計痛い。
飛鳥くんは吸血鬼だから血を好むのは当然だ、玲音にも噛まれた事があるから分かる。
でも今までこんな事なかった、俺がしている事がそんなに飛鳥くんを苦しめていたのか。
そうじゃなかったら俺の肩まで流れるこの涙の理由はない。
飛鳥くんの頭を撫でた、ごめん…こんな兄で…許してくれとは言わない…俺は自分で決めて受け入れたんだ。
だからもう顔が見たくないというなら消えるから飛鳥くん、悲しまなくていいんだ。
飛鳥くんの頭を優しく撫でた、子供の頃はよくこうすると飛鳥くんは笑ってくれていた。
口を離した飛鳥くんにホッとしたら口を開いた。
「瑞樹はいつもそうだ、弟弟弟って…俺は瑞樹を兄だと思った事なんて一度もねぇよ」
低く怒っているような飛鳥くんにショックを受けていた。
兄だと思っていなかった?だから俺の事を兄貴って呼んでくれなかったのか?
じゃあ俺にとって飛鳥くんっていったい何なんだ。
放心状態の俺を飛鳥くんは後ろから抱きしめてきた。
優しいように見えて逃がさないと言いたげなほど強く。
英次は飛鳥くんを俺から離そうと俺達に近付くが片手で飛鳥くんは止めた。
「英次、お前にも見せてやるよ…瑞樹が乱れる姿」
「…飛鳥くん…何言って…」
「男のを受け入れたんだろ?だったら俺も良いだろ?」
「飛鳥くん、それは違う…今の飛鳥くんは自暴自棄になってるだけだ」
「自暴自棄だろうと何でもいい!!」
飛鳥くんの大きな声が周りに響いて消えてしまった。
俺を抱き締める腕は震えていて、とても辛そうに感じた。
耳元で熱い吐息を吐かれて、自分の意思とは関係なく本能が反応した。
その声は苦しそうな泣きそうな声で「俺を助けてよ、お兄ちゃん」と呟いた。
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