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第63話

その瞳はとても真剣なもので俺は言葉に詰まった。 俺は一人っ子だからよく分からないが兄弟なのにそんなに真剣になれるものなのか? 勿論俺だって瑞樹を譲るわけがなく、お互いライバル視しながら抜け駆け禁止の同盟を作った。 瑞樹は飛鳥を弟としか見ていない事なんて一番分かっていた筈だった飛鳥があんな事をするなんて驚いた。 他の誰かに取られてしまうと思ったからなのだろうか。 ただ、どんな理由だろうと俺は瑞樹を泣かした事は許さないけどな。 「…飛鳥、くんが?」 「あの様子だと俺と出会う前から瑞樹が好きだったんじゃないか?勿論兄弟じゃなくて一人の男として」 「知らなかった…」 瑞樹が知らないのは当然だ、あんなあからさまでも瑞樹には気持ちをずっと隠していたからな。 よろよろと瑞樹が立ち上がるとチャイムが鳴り響いた。 ヤバい、もう昼休み終わり!?飯食うの忘れた。 それに体力測定だって先生言ってなかったっけ? 瑞樹の乱れた服の着替えを手伝って手を引いて教室から出た。 昼休みはあんなに騒がしかった廊下が静まり返っていた。 いや違う、なんかあちこちから変な悲鳴とか聞こえてお化け屋敷みたいに怖かった。 「英次、来た道は目立つかもしれない」 「…あ、そ…そうだな…ブラッドクラスの先生に見つかったらいろいろヤバいよな」 俺達が来た裏庭に続く道の通りにはいくつもの教室があった。 授業中だと思う教室を通ると足音で誰か気付くかもしれない。 でもブラッドクラスの校舎の入り口は裏庭からだからそこを通らないと帰れない。 どうしようかと思っていたら、瑞樹が廊下の窓を開けていた。 瑞樹はいったい何しているんだ?ここは二階だから飛び降りたら危ない。 そう思っていたら瑞樹が足を掛けているのが見えて慌てて腰を掴む。 「あ、危ないって瑞樹!絶対怪我する!」 「だとしてももう悩んでる時間はない」 瑞樹の言う事に首を傾げて後ろを振り返ると誰かの足音が近付いてきた、先生だろう。 確かに逃げるなら窓から飛び降りるしかないだろう、何処かに隠れるにしても先生が何処に行くか分からないからリスクがある。 だんだんと近付く足音に瑞樹の体は窓の向こう側に飛び立った。 瑞樹を掴んでいた俺も投げ出されるように宙を舞った。 ……あ、俺死んだな…母ちゃんごめん、こんな親不孝者で… 瑞樹に抱き締められて、死んでも悔いはないなと思っていたら衝撃と共に地面に着地した。 「英次、大丈夫か?」 「あ、あぁ…うん」 まさか好きな子にお姫様だっこされる日が来るなんて思わなかった。 瑞樹ってこんなに男前なんだな。 地面に下ろされて、瑞樹と身長がそう変わらない俺を抱えて瑞樹の腕の方が大丈夫だったかと心配したが何ともないそうだ。 距離はあったしちょっとは痛くないのかと思ったが、瑞樹の話によると瑞樹は不思議な力を手に入れたと言っていた。 確かに見た目はいつも通りなのに今日の瑞樹は怪力だった。 瑞樹は薬指で光る銀色の指輪に触れていた。 「玲音と誓司先輩が俺に与えてくれた己を守る力だと思う」 「…瑞樹を守る」 その場にはいないあの二人が瑞樹を守っているようで何だか悔しかった。 俺だって瑞樹の力になりたい、でも…俺の力じゃ瑞樹を守れない。 自分でも分かってる、俺は普通の人間と対して変わらない魔法使いだって事は… 俺が初めて人じゃないのかもしれないと思ったのは子供の頃だった。 家のベランダで育てていた紫陽花に水をあげたいなとそう思った。 思っただけなのに手から水が溢れてきて自分が怖くなった。 それから微々たるものだったが明らかに人とは違う現象が起きていた。 怖くて引きこもりがちになったが、ずっとこんな事を続けてはいけないと思い変わろうと明るく振る舞った。 誰にも俺の事を教えず、人前で魔法が出ないように気を付けた。 瑞樹の前で俺が魔法使いだとバラされた時、瑞樹に嫌われるのが怖くてテンパってしまったが瑞樹はそんな事で嫌いになる奴ではないとすぐに思い直した。 普通じゃないと思っていたが、普通じゃない奴らに紛れたら俺は普通のように思えた。 俺より強い魔力を持つ奴なんて珍しくもなんともない。 そんな俺でも瑞樹の力になりたい。 「…瑞樹」 「どうした?」 「俺も、瑞樹と契約出来るか?」 直線的では無理でも少しでも瑞樹を守りたい、好きな奴を守りたいのは男として当たり前だ。 俺が魔法使いとして生まれて良かったと思える唯一の事だと思うから… 少しの沈黙が俺達を包み込んだ。 俺が瑞樹と契約したいという事はつまり、そういう事をしたいと言っているようなものだ。 俺が長年想い続けて、照れ隠しの冗談混じりで言うのとは違う真剣な告白だ。 心臓がドキドキとうるさくて瑞樹の答えを待つ。 「英次、俺は…」 「なんでソイツなんだよ…」 瑞樹の声に被さるように別の声が聞こえて俺達は声がした瑞樹の後ろに目線を向けた。 そこにいたのは何処かにいなくなっていた飛鳥だった。 飛鳥が俺を睨んでいて、何かを投げつけた。 いきなりの事で咄嗟に避けたら、そのなにかは俺の後ろに刺さった。 恐る恐る後ろを見ると、小さなナイフが埋め込まれていて血の気が引いた。 …避けなかったら、考えたくもない。

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