65 / 110
第65話
「俺はこの学院に来て、自分の無力さを知った…そして戦う術がある事を知った…玲音、誓司先輩に人を愛する気持ちを教えてもらった…だから今度は俺が飛鳥くんに教える番だ」
「…瑞樹」
「拳で語り合おう、飛鳥くん」
俺の言葉を静かに聞いていた飛鳥くんだが、さすがに意味が分からないのか目を丸くしていた。
野蛮だとは思うが、男同士なら喧嘩で生まれるものだってある。
俺と飛鳥くんは男兄弟のような殴り合いの喧嘩はした事がない。
そもそもお互いを怒る事はなくて、いつも喧嘩になる前に俺か飛鳥くんが謝っていた。
本気で相手にぶつけるならまずは体からと思った。
自分を防御する殻なんて捨ててしまえばいい。
「俺が瑞樹を殴れると思うか?」
「俺は殴られたからって飛鳥くんを嫌ったりしない」
「……そうじゃない、俺にとって瑞樹は…兄なんかじゃ…」
「喧嘩は兄弟だけがすると思っているのか?友人でも恋人でも喧嘩はするだろ」
「…っ」
「喧嘩は相手の事を理解しようとしてすれ違うから喧嘩してしまうんだ、飛鳥くんが喧嘩したくないのは俺を理解したくないからだろ」
「…クソッ」
飛鳥くんを煽ってみた、本気でぶつかってほしくて…
飛鳥くんは舌打ちをして腕を伸ばし、俺の服の襟を掴んで引き寄せた。
そしてすぐに頬に衝撃が走った。
英次が俺の名前を呼んで近付いてくるから腕を英次の方に伸ばして止めた。
歯に当たり口内が切れてしまった、鉄の味が広がる。
頬が熱を持ち、ジンジンと痛かったが…正直嬉しかった。
Mとかそういうんじゃない、やっと飛鳥くんが自分の殻から出て来てくれたようだった。
飛鳥くんを見ると俺を殴った方の手を片方の手で握っていた。
「理解なんてしたくない!瑞樹はどうせ俺なんか弟としか見ていないんだから…せめて、ずっといい弟のままで傍にいたかった」
飛鳥くんが地面に座り込んでしまい、俺は飛鳥くんに近付く。
飛鳥くんは俺が飛鳥くんの気持ちを知って気持ち悪がり離れていくのが怖くて、自分の気持ちを抑えていたんだ。
何年も、ずっとずっと…辛かっただろう。
きっとこの学院に来る前に飛鳥くんの気持ちを知っていたら、俺は受け入れる事が出来なかったかもしれない。
いや、それ以前に…本気じゃないと疑っていただろう。
愛を知った俺は、あの時と違う……どう思うだろう。
「瑞樹の事が好きだ!瑞樹が幸せなら瑞樹に相応しい女が現れたらきっぱり諦めるつもりだった……なのに瑞樹は男と恋人になって…なんで、希望を持たせるんだよ!男以前に瑞樹にとって弟だから俺はアイツらと同じスタートラインに立てないのに…」
これは決して簡単なものではない。
血の繋がっている兄弟。
ただ、それだけなのに…どうしてこんなに苦しまなくてはいけないんだ。
飛鳥くんの前に座り、抱き寄せた。
小さく泣く飛鳥くんは子供の頃の飛鳥くんのようだった。
飛鳥くんに触られキスされ、嫌ではない……それは…兄弟の感情として変ではないだろうか。
「俺は、学兄さんにキスされたら嫌だ」
「…え?」
「俺だって人の好き嫌いはある、誰でもいいわけじゃない…触られてもいい…キスされてもいいと思える人にしか許さない」
「瑞樹…」
「飛鳥くんに触られてもキスされても嫌じゃなかったよ」
「でも、瑞樹…泣いてたし…さっきだって」
「あれは行為が嫌だからじゃないんだ、飛鳥くんが俺に何も言ってくれないから…勢いに任せてしたくなかった…あのまま契約してたら、今みたいに自分の気持ち、話してくれなかっただろ?」
飛鳥くんは何も言わないが、俺の背中に腕を回して抱きしめ返してくれた。
俺もこれから遠慮せず言いたい事は言うから、飛鳥くんも言ってほしい。
もう、殻に籠って自分を守らなくていいんだ…飛鳥くんが俺を守るように、俺も守りたい。
兄弟という繋がりは一生消える事はないが、恋をするのは自由だ。
俺は飛鳥くんと離れたくはない。
触られて嫌じゃないと思ったその時、もう飛鳥くんを弟としてではなく一人の男として受け入れようとしていたのかもしれない。
「飛鳥くん、俺と一緒に生きてくれますか?」
「…瑞樹」
「飛鳥くんにとって俺が複数の人達と恋をするのはいい気分じゃない事は分かってる、そんな俺でも受け入れてくれますか?」
「受け入れる!」
俺は驚いて後ろを振り返った。
今の言葉は飛鳥くんではなく、ずっと黙って見ていた英次だった。
俺の背中に張り付いている。
英次は歪んでいる俺達と違って何処までもまっすぐだな。
ずっと思ってたけど、飛鳥くんと英次は仲が悪いように見えて相性はいいよな。
相棒に近いような……ちょっと嫉妬しちゃうな。
そんな事を考えていたら飛鳥くんは英次の顔面を平手打ちした。
英次は顔を押さえて飛鳥くんに文句を言っていたが飛鳥くんは無視していた。
そして、俺をまっすぐ見つめていた。
「瑞樹を独り占めどころか、恋人にすらなれると思ってなかったんだ…瑞樹が俺を受け入れてくれるなら、他に何も望まない」
「俺は出来る限り誰かを贔屓とかしないで平等に愛したいんだ、英次も」
「瑞樹っ!!」
「でも、飛鳥くんだけ…皆にはない特別な事があるんだよ」
「…特別?」
「玲音達は恋人だけど、飛鳥くんだけは恋人兼血の繋がりがあるんだ…それだけはなろうと思ってもなれない特別な関係だ」
だから、兄弟を悪い事だって思わないでほしい…俺達を結んでくれた縁だから…
飛鳥くんは泣きそうな顔をしながらしっかりと頷いてくれた。
俺の手を握り、薬指に光る指輪に口付けた。
そうされただけで自分で押さえていた欲が溢れそうになる。
何を考えているんだ俺は、こんな外で…
飛鳥くんに触れたくて、触れられたくてたまらない。
「…瑞樹」
「えっ…な、なに?」
「さっき瑞樹を殴ってしまったから、瑞樹…俺を殴ってくれ」
そういえばそうだったな、すっかり忘れていた。
飛鳥くんは真面目だからずっと気にしてしまうな。
でも今の俺は…
飛鳥くんが気が済むならと、手を振り上げた。
そして静かな裏庭に乾いた音が微かに聞こえた。
ペチンと叩かれた頬に触れながら飛鳥くんは呆然と俺を見つめる。
「瑞樹、遠慮は…」
「遠慮なんかしてないよ、飛鳥くんに失礼だから…これが俺の精一杯だよ」
軽く叩かれただけじゃ、納得出来ないだろうが…今の俺は昔とは違う。
俺の力は人以上に強くなっている、本当に本気でやったら飛鳥くんが死んでしまう。
だから加減を付けて軽く平手打ちするしかなかった。
飛鳥くんは「瑞樹は優しいな」と笑ってくれた。
これから俺達は遠慮せず、もっと喧嘩してぶつかって仲直り出来る関係でいたい。
きっと、そうなれると信じている。
「瑞樹」
「ん?今度はどうしたんだ?」
「…今度はちゃんと…したい」
飛鳥くんは俺の腕を再び握り、座っているからかいつもより低い位置にある飛鳥くんの上目遣いを見た。
そんな悲しげに見ないでくれ、どうにかなってしまいそうだ。
もう授業をサボってしまっているが、どうしたものか。
とりあえず、夜…どうするか話し合う事にして俺と英次はマギカクラスに戻る事になった。
ともだちにシェアしよう!