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第69話
一人ですっかり暗くなった廊下を歩いていた。
俺の靴音が妙に響いて聞こえている、英次がいたら怖がっていただろうなと苦笑いした。
校舎を出て寮に向かう途中の事…飛鳥くんに今から行くと連絡してから、玲音に帰りもう少し遅くなる事を伝えようとカバンを開いて気付いた。
可愛らしい動物の小さなぬいぐるみや、全体的に可愛らしいものが入っている。
俺はぬいぐるみとかを持っていた記憶がないから俺のカバンじゃない。
そこで思い出すのは、可愛いものといえば紅葉さんだった。
もしかして間違えてカバンを持ってきてしまった?
校舎がある方を見つめて、走ればまだ校舎に残っているだろうか。
慌てて校舎に向かって走った、あれがないとお互い困るだろう。
携帯道具がないと誰にも連絡出来ない、勝手に紅葉さんのを使うわけにもいかないしな。
校舎に入り、息を切らしながらまっすぐ音楽室に向かって走った。
音楽室の窓は真っ暗だったが、少しだけドアが開いていたからまだ誰かがいると思った。
「…紅葉さん?」
音楽室は紅葉さん達しか使ってないと聞いたから他の誰かがいるとは一ミリも思ってなかった。
そして音楽室のドアを開けると、思ってもみなかった人物がいた。
僅かに部屋を照らす月の光がスポットライトのように窓に寄りかかる人物を包み込み、キラキラと輝かせていてフッと花が咲いたように笑いかけてくれた。
自然と「架院さん」と呼ぶ声が出てきて一歩中に踏み出す。
なんで此処にいるのか分からなかったが、架院さんが音楽室にいた。
そういえば紅葉さんの幼馴染なんだっけ、じゃあ紅葉さんに会いに来たのか?
でもこの場には俺と架院さんしかいなくて紅葉さん達の姿はない。
「架院さん、紅葉さんは何処に行ったか知ってますか?」
「……彼はもう帰ったよ」
架院さんは普通にそう言っているのかもしれないが、少し不機嫌なような気がした。
なにかあったのだろうか、そういえば練習前に会った時誰かと待ち合わせしていたんだっけ。
それが誰なのか知らないし、俺が図々しく聞く勇気もなく聞けないが気になる事は気になってしまう。
その人が架院さんをそんな顔にさせているのだとしたら余計に…
まだ二回しか会っていないのに、なんでこんなに気になるのだろうか。
架院さんは不機嫌な表情を隠して、俺に笑いかけて近付いてきた。
「紅葉になんか用があるの?」
「カバン、間違えて持ってってしまって…返そうと思ってたんですがもう練習が終わってるみたいですね」
「それなら僕から返しておこうか?」
「ありがとうございまっ…!?」
紅葉さんのカバンを架院さんに見せると、架院さんはさっきよりも不機嫌そうな顔をして、カバンではなく俺の手を掴まれた。
驚いてカバンが床に落ちて、拾う事を許されないほどの気圧に架院さんを見つめる事しか出来なかった。
強くないはずの手の強さだったが腕を引いてもびくともしなかった。
一応人よりは強くなった筈だったが、架院さんにとって俺はまだ弱いようだった。
それが何だか悔しくて抵抗すると、腕を少し引かれて顔が至近距離になる。
爽やかないいにおいが鼻孔をくすぐり、頭の思考を奪っていく。
「……君があの時の少年か確かめに来たのに、君は他の男を見るんだね」
「なに…言って………離して下さい」
「いいよ、離してあげる」
そう言うと架院さんは呆気なくすぐに手を離した。
ホッとしたのも一瞬で、バランスを崩し床に倒れた。
不意打ちで受け身も出来ず背中からぶつかり痛い。
しかも架院さんは何を思ったか俺の上に覆い被さった。
その瞳はなにかを探るように俺をジッと見つめていた。
そして静かだが俺にはっきりと聞こえる声で言った。
「君は昔、僕と友達になってくれたよね」
「……友達?」
友達、しかも今ではなく昔?何の事だろうか……
架院さんと昔会った?…こんな綺麗な人と一度会ったら忘れないと思うが俺にはその記憶はない。
でも冗談には見えず、思い出そうとしてみるとズキッと鋭い痛みが頭を駆け回り目を閉じた。
考えるな、考えちゃだめだと脳内が警報を鳴らしている。
気持ちを落ち着かせてから架院さんを見つめる。
俺がこの人と出会ったのは紅葉さんと初めて会ったあの時だ。
「……人違いじゃないですか?俺みたいな平凡、そこらにいっぱい居ますし」
「約束は?……僕とアイツと約束したよね!?」
本当に知らない顔をしていたからか、架院さんは不安になり声を荒げていた。
それにビックリしながらも頭の痛みの中…必死に思い出そうとしても、何故か記憶が一部欠けてるような不思議な感覚がある。
……なんでだろう、架院さんの悲しそうな顔を見てると俺まで悲しくなる。
でも、やはりいくら思い出そうとしても分からない。
架院さんはいつもみたいに笑っていてほしい…そう思うのは変な事だろうか。
罪悪感でいっぱいになり、架院さんの頬に触れようと腕を伸ばしたら…
「ちょっとー!!何してんだよ架院!!」
「……紅葉」
ガラッと勢いよくドアが開かれて、スカートがひらりと揺れた。
いつもの女口調ではなく、男言葉の紅葉さんを興味なさそうに見る架院さん。
紅葉さんは怒ってるようですぐに架院さんを立ち上がらせて俺達を無理矢理引き離した。
俺はまだ立ち上がる気力がなくて天井を眺めていた。
そして架院さんに掴みかかって説教をしていた。
聞いているのか聞いていないのか、架院さんはずっと俺を見つめていた。
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