77 / 110
第77話
しかし何も思い出せない自分が許せなかった。
大切だった筈なのに頑丈に蓋をされたように自分の手じゃ開けられない。
頭がズキズキと痛くなり、眉を寄せる。
玲音は俺が青い薔薇に触れる手の上から手を重ねてきた。
驚いて玲音を見ると、玲音は前髪の隙間から見える赤い瞳で見つめていた。
玲音に心配掛けてしまっただろうかと反省して薔薇から手を離した。
「…ちょっと懐かしい感じがして、ごめんな」
「懐かしい?」
「昔、青い薔薇を見た事があって…思い出そうとしただけなんだ」
「…そっか、でも思い出せないなら大した記憶じゃなかったんじゃない?」
玲音はそう言って微笑んでいた。
確かにそうなのかもしれない、本当に大切な記憶ならすぐに思い出せるよな。
気を取り直して再び音を合わせる事にした。
さっきみたいに余計な事を考えず、自分らしく…周りに合わせる事も忘れずに音楽を奏でた。
すると、いい音色に変わり…紅葉さんもノッてきて歌を奏でた。
音楽が止まると玲音は「凄いよ瑞樹!」と抱きしめてきて、紅葉さんに目線を向けると軽く頷いてくれた。
「最初は瑞樹だけでいいのにって思ってたけど、それぞれの楽器が別の楽器を引き立ててて……とにかく凄かったよ!」
「ありがとう、玲音」
玲音に気に入ってもらえたなら、本番も上手く行けそうな気がしてきた。
もう一度音を合わせようとギターを持つと玲音は夜食買いに音楽室を後にした。
時計を見るともう、針が下を向いていた。
でも本番まで時間がないし、寮の門限ギリギリまで練習をしようと音を鳴らした。
次は紅葉さんが用意した衣装を着て本番のようにやってみようか話していた。
カチカチと時計の針が進んでいき、一曲終わらせて壁に掛けてあった時計を見つめる。
「……」
「レオちゃん遅いね、夜食って寮のチェルシー堂で買いに行ってるとは思うけど…学院から寮って距離そんなにないのにね」
玲音が夜食を買いに行き、もう二時間は経っていた。
さすがになにかあっただろうと探しに行きたいが、今の俺には指輪がなくて玲音の帰りを待つ事しか出来なくてもどかしかった。
紅葉さんが探しに行こうと提案してくれて、誰かと一緒なら大丈夫だと頷いた。
俺と二人っきりは許さないと紅野さんも一緒に同行してくれる事になった。
留守番を任された紫音さんは俺達に手を振って見送ってくれた。
廊下に出ると涼しい夜風が体を包んでくれる。
「お前のツレは何やってんだ」
「…ごめんなさい」
「お兄様、瑞樹くんは悪くないよ!」
紅葉さんが庇ってくれて紅野さんは微妙な顔をしていた。
玲音は何処にいるんだろう、さっき携帯道具で連絡入れたのに返事がない。
いつも笑っていた玲音だから大丈夫だろうとは思うが、この学院に関しては大丈夫な事なんてないんだ。
玲音がどのくらい強いのかも分からないし、不安がどんどん溢れていく。
少し早足で歩いていたら、二人をいつの間にか追い越していた。
廊下の奥から足音が聞こえて、慌てて駆け出した。
後ろから紅葉さんの声が聞こえたが、玲音だと思っていたから足は止まらなかった。
足を止めて息を切らしながら目の前を見つめる。
……そこにいたのは玲音ではなかった。
「架院、さん」
「そんながっかりした顔しないでよ、傷付くなぁ」
クスクス笑っている架院様はあの時俺の手を振り払った冷たさは感じなかった。
それは嬉しいが、今は玲音が心配で頭がいっぱいだった。
架院さんに挨拶だけして行こうとしたら、架院さんに呼び止められた。
笑みはもうなくなり、無表情のまま俺を見つめていて…また怒らせたのだろうかとその場で固まった。
架院さんは手になにか持っているのか、それが窓なら月の光が反射して照らしていた。
それは紛れもない、俺の指輪があった。
「これについて、君と話がしたいと思ってね」
「…架院さんが持っていたんですね」
これだけ探しても見つからないわけだと納得した。
もしかして架院さんとあったあの時のタイミングで外されたのか?
何の理由で?架院さんには必要のないものだと思うけど…
指輪は大事だ、でも…玲音もほっとけない…どうしたらいいんだ。
後ろから二人の足音が聞こえて、紅葉さんと紅野さんがやってきた。
架院さんがいるとは思わなかったのか、驚いていた。
「架院、なんでここに?」
「彼に用があっただけだよ」
「用なら後にして!今人探ししているの!」
ともだちにシェアしよう!