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第81話
玲音が支えてくれたから地面に倒れる事はなかったが、玲音は架院さんの攻撃が当たったのか腕を伝い指先から真っ赤な血がポタポタと流れていた。
腕だけを負傷した俺とは違い、立っているだけでも奇跡のようなのに俺の壁になるように前に立って架院さんに剣を向けていた。
俺はすぐに盾になろうとしている玲音にそんな事したら玲音が死んでしまうから止めてくれと抵抗するが、普段でも玲音の力の方が上なのに片手だから無抵抗と同じ腕力しか出ない。
玲音は俺を気にせずまっすぐ架院さんを見つめていた。
架院さんは玲音ではなく俺を見ていた。
その瞳には何も映されていないほの暗さを感じた。
「…退け、玲音…お前に用はない」
「ふざけんなよ架院…瑞樹に何するつもりだ!」
何故、架院様さん俺を殺そうとしたんだ?…いや、殺そうとしたのか?
俺の腕をいらないと言った、そして今も何を考えているのか分からない。
青い薔薇がとても幻想的に空を舞っていた。
『はいこれ、僕の家で育てた薔薇だよ…君にぴったりだ』
そう言ってくれたのはいったい誰だっただろうか。
玲音は俺から離れて架院さんに向かって突進して剣を振り上げた。
架院さんはすぐに結界魔法を出して防いだ。
バチバチと剣と結界がぶつかり火花が散る。
架院さんはこんな状況でも俺を見て微笑んでいた。
俺は、知っている…スカイブルーの美しい薔薇がよく似合うこの人を…
俺は争ってほしくないんだ、俺に生きる勇気をくれた優しい彼らがいてくれたから今の俺はここにいる…そうじゃなかったらこの心はとっくに壊れていた。
ゆっくりと立ち上がって一歩一歩前に歩き始めた。
架院さんは片手で結界を維持してもう片手を俺の方に伸ばした。
導かれるまま俺も手を伸ばすと架院さんの異変に気付いた玲音は俺を見て叫んだ。
「瑞樹来るな!!」
玲音は俺に気を取られていて架院さんから目を離した。
俺に伸ばしていた片手から風の魔法の球体を出し結界を解除した一瞬で玲音に投げた。
玲音は吹き飛ばされたが、すぐに地面に剣を突き立てて立ち上がる。
制服はあちこち切れていて赤い血が地面を汚した。
口を切ったのか、口元からも血が流れてそれを制服の袖で拭う。
架院さんと玲音が傷つくのを見ていられなくて何も出来ないくせに架院さんの前に立ち玲音を背中に庇う。
玲音を殺す気で炎の魔法を出していた架院さんは俺が現れたから拳を強く握りジュッと音と共に魔法を消した。
「……瑞樹、もしかしてだけど…庇ってる?」
「玲音は関係ない、これ以上玲音に何もしないで下さい…貴方の目的は俺ですよね」
架院さんは俺の言葉に心の底から不快な顔をしていた。
俺の問題なら俺が解決しなきゃならない、そのために架院さんに付いてきたんだ…情けない事に死にそうになってしまったけど…
架院さんに理由を聞いていない、何故俺にそこまで恨みがあるのか…嫌なところがあるなら直せるように努力する。
玲音は架院さんと見つめあっていた俺の肩を掴んだ。
「…やめろ、瑞樹」
「玲音…そんな怪我で動くな、俺が何とかするから」
「瑞樹はコイツが何しようとしてるのか分からねぇのか!!」
「……えっ」
玲音はいきなり大きな声を出した。
架院さんがしようとしてる事って、俺を殺す事だろ?そんな事分かってる。
でも俺は理由を聞く権利がある、それは当事者である俺にしか聞けない事だと思っている。
それを言おうと玲音の方を振り向き、口を開けたら背後から何者かに首と動ける方の腕を掴まれた。
玲音の他にいる人物なんて一人しかいない。
身動きが取れないから目線だけ横に向けると架院さんの無表情な顔が至近距離であった。
……俺は、この人にとんでもない事をしてしまったんじゃないだろうか。
そう思うほど、さっきと比べ物にならないほどに怒っていた。
「いらない…その瞳も耳も声も足も……僕以外に向けられるというなら、排除する必要があるね」
「……か、いんさん?」
「止めろ架院!!」
玲音が怒鳴る声が遠くに感じた。
俺が近くにいるから攻撃出来ずいるようだった。
架院さんが触れた部分が暖かくなって、バチバチと全身が電流で覆われた。
そして爆弾のように弾けて周りの全てを吹き飛ばした。
玲音と架院は突然の事で反応が遅れて、地面に投げ出された。
俺は誰かに抱きしめられていて、吹き飛ばされる事はなかった。
架院さんは驚いて、突然現れた人物を唖然としながら見ていた。
「…櫻、さま」
そう呟いた架院さんは苦い顔をして、さっきのような敵意はもう消えていた。
何をしても態度を変えなかった架院さんが一瞬で大人しくなった…櫻さんっていったい何者なんだ?
櫻さんはこんな殺伐とした空気の中でも、ニコニコしながら俺の手に付いていた手枷の残骸を器用な手つきで外していた。
玲音も剣で体を支えて立ち上がり、櫻さんを睨んでいた。
そういえば玲音と櫻さんって知り合いだったんだよな。
櫻さんは玲音を見ながらクスクス笑っていた。
「そんな血だらけで次期王の名も泣くんじゃないか?」
「……うるせぇ、何しに来やがったんだクソ親父」
え?え?ちょっと待て、いろいろ聞きたい事が一気に来てどういう事なんだ?
玲音が次期王?だって次期王は学兄さんといたあの人ではないのか?
それに櫻さんが玲音の父親?でもそれにしても櫻さん若すぎないか?高校生の息子がいるとは思えない、二十代後半くらいに見えるんだが…
なにがなんだか分からなくなっていたら、櫻さんが「ここは僕が何とかするから、君は玲音と行って…聞きたい事は全部玲音が話してくれるよ」そう言って櫻さんは俺の目を手で覆った。
暖かな光に包まれたと思ったら、すぐに消えて頭がすっきりしたような気がした。
でも、なんだろう…思い出した筈の大切な事が思い出せなくなった。
櫻さんは俺にいったい何をしたんだ?
玲音に腕を引かれながら、俺はその場から離れた。
大切な記憶が、黒く塗りつぶされていった。
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