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第89話

「そいつばっかりズルい!瑞樹!俺もあーんして!」 「俺も俺も!」 「……」 「自分で食えよ」 玲音と英次が雛鳥みたいに口を開けていたから、冷静にそう言いつつも適当におかずを口の中に放り込んだ。 飛鳥くんはなんか口をもごもごさせていたが、俺と目が合い逸らされた。 いつものようにわいわい騒ぎながら昼飯を食べながら時間は過ぎていった。 白石さんは俺達の輪に入る事はせず、ただ見つめていた。 放課後、白石さんに言って最後のバンドの練習に向かった。 白石さんは迎えにきた時のように騒ぎになったら俺に迷惑が掛かると、音楽室の入り口で待っていると言っていた。 迷惑じゃないけど、白石さんとの関係は説明出来ないし…確かに困るかもしれない。 まさか姫と姫騎士だなんて言えないし、紅葉さん達が言いふらすとは考えていないがいつ誰に聞こえているのか分からない状態で安易に言えない。 今日は最後に合わせるだけだからすぐに帰れるだろう。 音楽室に入ったら真っ先に紅葉さんがやって来て抱きしめられた。 「瑞樹くんっ!!」 「…く、紅葉さん?」 「瑞樹くんだ!瑞樹くん瑞樹くん!」 紅葉さんがギュッと離さなくてどうかしたのかと周りを見ると、いつもは目が会うとすぐに睨んでいた紅野さんが今日は心配そうに見ていた。 昨日架院さんに連れていかれたから紅葉さんはずっと心配していたと教えてくれた。 架院さんのところにも言ったらしかったが、会えなかったそうだ。 「俺はもう大丈夫ですよ」と紅葉さんの背中を撫でた。 顔を上げた紅葉さんの瞳には大粒の涙が見えて、すぐに連絡しておけば良かったと後悔する。 紅葉さんは俺の腕に巻かれた包帯を優しく掴んだ。 白石さんの怪我のついでに自分の腕も手当てしていたから痛々しい傷は見えないだろう。 「瑞樹くん、これ…もしかして架院に?」 「…大丈夫ですよ、何ともないので」 「何ともないなんて言わないでよ!」 紅葉さんが大きな声を出すと音楽室に響き渡った。 「ごめんなさい」と謝ると紅葉さんは首を横に振ってまた抱きしめられた。 紅野さんがわざとらしい咳払いをしていて、またいつものように俺を睨んでいた。 すぐに離れて、気分転換に一曲演奏する事にした。 腕がまだ少し痛かったが、医務室の薬はとてもよく効くのか弾けないほどではなかった。 音もいつもの調子で重なり、嫌な事が全て忘れられそうなほど気持ちよかった。 「よし!これで本番ばっちりね!瑞樹くんは演奏してて痛くなかった?」 「大丈夫です」 「そっか、なにかあったら絶対に言ってね!」 「ありがとうございます」 先に帰ると紅葉さんに伝えて、音楽室を後にした。 ドアの前でずっと警戒していた白石さんは俺に気付いて、頭を下げてきた。 姫騎士とかじゃなくて普通に友人同士の関係でいいのに、姫騎士ってダメなのかな。 寮への道を歩きながら、どうやったら白石さんが気を許してくれるのだろうかと考えていた。 ずっとこのままだと白石さんだって疲れるだろうし… そういえば最初白石さんは好きなように自分を呼んでいいと言っていた、とっさに白石さんって呼んだが…今考えるとちょっと距離がある呼び名かもしれない。 「白石さん」 「はい、どうかされましたか?」 「白石さん、嫌だったら正直に言って下さい…その…下の名前で呼んでもいいですか?」 足を止めてそう言うと白石さんはとても驚いた顔をしていた。 白石さんの性格上、断る事はしないだろう…でもそれじゃあまるで命令しているようで嫌だ。 ちゃんと白石さんの意思で俺は聞きたい、白石さんはロボットじゃないから… 俺が思った通り、白石さんは頷いてくれた…だから俺は「それは本心ですか?」と聞いた。 また驚いていた白石さんだが、俺の顔を見つめてなにが言いたいのか分かったのだろう。 白石さんも俺と同じように真剣な顔をして口を開いた。 「今日のお昼、皆さんと食事をしました」 「…はい」 「家族以外の人と食事はあまりしないので全てが不思議でした」 「誓司先輩達とはしないんですか?」 「姫騎士は皆それぞれの時間を大切にしているので、私はいつも一人で食事をしておりました」 だから白石さんは俺達の事が不思議だったのかもしれない。 白石さんは「正直、羨ましかったです」と笑っていた。 白石さんは子供の頃、両親を失い…ずっと一人で生きてきたそうだ。 魔物が住む魔界ではそれが普通なのだという、弱い者は強い者にすぐに喰われる。 子供でもある程度の力があれば一人でも生き残れる。 吸血鬼みたいに定期的に血を欲する飢えがないし、魔法使いの世界で生き残るのは難しくない。 過酷なサバイバルをしていた白石さんは、ある日吸血鬼の領域に迷い込んでしまった。 吸血鬼は常に飢えたハイエナの集まり、美味そうな魔法使いが迷い込んだらすぐに喰われる……両親のように… だけど見た目だけだと吸血鬼の領域だと分からず奥に奥に入り、血のにおいがしたところでここが何処か分かった。 魔法使いは吸血鬼が寄ってくると血を嫌っていたからこんなに濃くにおいがするわけない。 すぐに引き返そうとしたが、奥に入りすぎていた。 肩を掴まれて力任せに振り向かされて、そこにいたのはとても恐ろしい顔の男だった。 大きく開いた口からは鋭い牙が光っていて男に向かって手をかざした。 力を最大限に解放して、回復するまでしばらく動けなくなるけどこんな奴に喰われたくなくて必死だった。 周りの木々を巻き込んで、竜巻のかまいたちを巻き起こした。 男を吹き飛ばして、一気に体が重くなって眠くなってくる。 早く安全な場所に行かなくては、そう頭では分かっているが体が言うことを聞かなかった。 誰かがこちらに向かって歩いてくるのが分かり、記憶はそこで止まった。 「…どうなったんですか?」 「目が覚めたらジョーカー様がいました、そして私の力を見たジョーカー様に姫騎士ガーディアンに入らないかと誘われたんです、あの人は私にとって居場所をくれた大切な方なんです」 白石さんにそんな過去があったんだ、とても嬉しそうに話してくれた。 俺も誓司先輩に学院に誘われなかったら玲音や白石さん達にも出会えなかった。 白石さんは「この話はジョーカー様と姫様しか知らないんですよ」と美しく微笑んだ。

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