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第90話

「話が長くなりましたが、その過去があるから私は二人以上と食事をした記憶がありません…両親と赤ん坊の頃食事をしていたのかもしれませんが覚えていないんです」 「じゃあ俺達と食べたのが他人と初めて食事をしたって事ですか?」 「はいっ!誰かと食事をすると、暖かい気持ちになりました……ちょっと羨ましいと思ったりもしたんですよ」 そう言って少し寂しそうに白石さんは下を向いた。 羨ましい事、白石さんは俺達を見て何を思っていたんだろう。 少しの沈黙の後、白石さんはおずおずと小さな声で「名前…」と言った。 名前?俺、変な名前で呼んだかな?と首を傾げた。 白石さんは「姫様のお友達もジョーカー様も下の名前で呼んでいます」と言ってその事かと分かった。 確かに俺が苗字で呼ぶのは珍しいかもしれない。 許可なく下の名前は失礼かと思って苗字で呼んでいたから特に理由という理由はない。 だから俺は白石さんに下の名前を呼びたいと言ったんだ。 「…私ごときがおこがましい事は承知なのですが、瑞樹様と…お呼びしてもよろしいですか?」 「俺も貴斗さんって呼んでもいいですか?」 「たかっ…!!」 俺も下の名前を呼んでみたらビックリして固まっていた。 俺は言っちゃダメだったのだろうか、ショックを受けていたら慌てて「違います!ちょっといいな…って思っただけですから!」と説明していた。 良かった、これで少しは距離が縮まっていたらいいな。 二人で歩き出して、貴斗さんの話をしてくれたから俺の話をした。 学兄さんの話はあまりいい思い出がないから、英次と過ごした前の学校の話や誓司さんと出会った話をした。 貴斗さんは興味深そうに聞いていたが、ふと俺の手を握り立ち止まった。 「……瑞樹様」 「どうかしたのですか?」 「…………誰かいます」 そう小声で貴斗さんが小さな声で耳元で囁いている。 今はまだ夕暮れだが、周りには誰の影もないと思ったら近くの草が僅かに揺れていた。 風がないのに揺れるものなのか?そう思っていたら目の前に貴斗さんの手が現れた。 ポタポタと、色白の手が真っ赤に染まっていく。 貴斗さんの手には箸くらいの大きさの針が握られている。 すぐに手を離して針が地面に落ちて、手を押さえていた。 「貴斗さん!怪我っ!早く手当てしないと!」 「…このくらい、平気です…それよりも」 「あーあ、邪魔されちゃった…また怒られちゃうなぁ」 草むらから現れた少年は俺達を見て口元を歪ませた。 腕も足も包帯だらけで、片目を包帯で覆われた痛々しい少年がそこにいた。 くまのぬいぐるみを抱えていて、そのくまの腹には針のようなものが見える。 それに触れると同時に貴斗さんが俺を姫抱きをして急いで移動すると俺達がいたところに三本の針が刺さった。 見えなかった、かなりの早業だった…少年は一本の針をくるくると回していやらしく舐めていた。 貴斗さんは俺を下ろして後ろで片手を広げて守っていた。 「瑞樹様、全速力で寮に向かって下さい…ここは私がなんとかします」 「そんな、俺も…」 「瑞樹様は今、自己防衛が出来ない状態だと聞いています……私のためにも、貴方を守らせて下さい」 「…………玲音を呼んですぐに戻ってきます!」 確かに俺一人じゃどうしようもないから、玲音なら部屋に戻っているはずだ。 俺は貴斗さんにそう言ってその場を離れるために走っていった。 貴斗さんに背中を任せて振り返らずにまっすぐ向かった。 息が苦しくなっても構わず走り続けて、後ろを振り返り貴斗さんとあの少年が見えなくなったところで足を止めた。 ここなら大丈夫だろう、すぐにカバンから携帯道具を取り出した。 貴斗さんは寮で安全にしていてほしいのだろうが、寮まで戻っていたら間に合わない気がする。 貴斗さんがどのくらい強いのか分からないけど、片手があんなに怪我をしているんだ…まともに戦える気がしなかった。 数コールもしないで玲音が「どうしたの?」と呑気な声が聞こえた。 「玲音!大変なんだ、貴斗さんが…」 ーーー ※貴斗視点 「あー、せっかく仕留められると思ったのに…今なら間に合うかな」 「行かせません」 歩き出した襲撃者の道を塞ぐとムスッとした顔をしていた。 片手は痺れてまともに動かない、でも片手があれば十分だ。 制服の内ポケットから銀色の銃を取り出して構える。 襲撃者は銃を向けられているのに怖がる仕草はせず不思議そうに見ていた。 あの針の動き、瑞樹様を狙っていた…いったい何の目的なんだ。 瑞樹様が人だから?いや、ジョーカー様は瑞樹様が人だと周りはまだ知らないと言っていた。 「貴方は何の目的で瑞樹様を狙うのです?」 「…だってぇ、姫が…」 「……姫?」 「姫がアイツにいじめられてるっていつも泣いてるの、可哀想だと思わない?」 「あの方はそんな方ではありません!」 「騙されてるんだ、可哀想可哀想」

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