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第91話
この男に何を言っても聞く耳を持たないだろう。
これが、森高学による洗脳という奴なのだろうか。
瑞樹様がこの学院に入学する前ジョーカー様から聞いた言葉を思い出す。
森高学は学院側が姫だと認めたから学院の生徒達は森高学が姫だと自己暗示しているという。
だから森高学が姫の力を使わなくても自己暗示で盲目となっている。
そして森高学は瑞樹様の事がお嫌いだから、森高学の事を姫だと自己暗示している生徒に森高学が瑞樹様について嫌な噂を立てているという。
目の前の襲撃者もそうなのだろう、そしてきっと…
「貴方は森高学に言われて来たんですか?」
「だってアイツ、自分が姫だって言いふらしてるんだよ?君も騙されてるんだ」
「……も?」
「そう、僕の大切な人もアイツに…」
包帯の腕を愛しそうに撫でている襲撃者を見て、大切な人とは森高学の事だろうか。
いや、そんな事はどうでもいい…瑞樹様に危害を加える奴は誰だろうと許さない。
ジョーカー様と櫻様に託された重要な任務なんだ。
銃を撃つと襲撃者は小柄な体を小さくかがんで、こちらに向かって走ってきた。
銃に怯む事なく突進してくる、まるで死ぬ事に恐れていないむちゃくちゃな戦い方だ。
戦闘は防御があって、勝率が上がるものだ…犠牲では誰も守れない。
襲撃者が近くに来て、針を伸ばしたから避けて銃弾が襲撃者の肩を直撃した。
ここで普通なら一瞬でも動きを止めるだろうが、負傷した腕を伸ばしてすぐに手で止める。
顔の目の前まで迫って来ていて、あと数秒遅かったら目を抉られていただろう。
血が流れて、ポタポタと地面に水溜まりを作る。
両腕が使えなくなってしまった、地面に銃を落とす。
最初に針を掴んだ手は痺れて動かなくなっていた。
きっと針に強力な痺れ薬を大量に塗っているのだろう。
「あーあー、さっき殺しておけば良かったのに…肩なんて狙うから」
私の目的は襲撃者を殺す事ではない、瑞樹様が寮の安全な場所に行くための時間稼ぎだ。
ジョーカー様に言われている、第一は瑞樹様の安全だと…
相手を殺す事ばかり考えてしまうと、私の場合周りが見えなくなってしまう。
一つの事ばかりに集中するから、瑞樹様を守る事だけを考えろと釘を刺されている。
もう少し足止めをしといた方が良いかもしれない。
襲撃者が針を投げた、地面に足を忍ばせて落ちた銃を高く蹴飛ばした。
銃に集中して、突風が吹き荒れて強い風で引き金を引いた。
両手が塞がっているから攻撃出来ないだろう、そう思っていたのだろう。
私は魔法使い、人を傷付けるほどの殺傷能力はないとしても魔法が使える事をお忘れなく…
銃弾が足にに命中したが、ちょっとよろけただけでやはり止まらない。
痛覚が壊れているのだろう、息の根を止めるまで動き続ける。
体を捻り針を避けて襲撃者の方を見ると、ニヤッと笑っていた。
相手も負傷しているのに何故そんな顔で笑えるのだろう。
そう思っていたら襲撃者とは別の方向からなにかが飛んできて、足で蹴飛ばした。
それは襲撃者がずっと持っていたぬいぐるみだった。
ぬいぐるみは気を逸らすための道具だろうとすぐに襲撃者に目線を向けた。
痛い、肉が裂かれる痛みが全身を駆けめぐっている。
口から血が流れて息が苦しくなり、足の感覚がなくなり地面に膝をつく。
戦い方はジョーカー様に教えてもらった、なのに少しのミスで全てを台無しにしてしまった。
あのぬいぐるみはただ気を逸らすための道具ではなかった。
ぬいぐるみの腹部から針が飛び出てきて、足と腹と胸に刺さった。
申し訳ございませんジョーカー様、やっと認めてもらえて大事な任務を任せてもらえたのに…
瑞樹様、もっといろいろとお話したかった…せっかく名前を呼んでもらえたのに…
『姫騎士の最大の喜びは姫をお守りした時だ、覚えておけよ』
いつかのジョーカー様が誇らしげにそう言っていたのを思い出す。
動かない私に襲撃者がだんだん近付いてきた、私を仕留めてからゆっくりと瑞樹様のところに向かうという事なのだろう。
これは、無意味な死ではない…瑞樹様を守った名誉あるものだ。
手のひらが壊れるほどに思いっきり握る、片手は少し時間が経過したから指先はまだ動かないが腕は動くようになった。
腕が動けばそれで、十分だ…地面に落ちた銃を指に引っかけて持ち上げる。
「こんな至近距離でガクガクな腕で何するの?」
「…こうするんですよ」
襲撃者の体に腕を回して引き寄せると襲撃者は驚いた顔をしていた。
襲撃者が持っていた針が肩に食い込んで血が流れていく。
体を押し付けてその圧力で襲撃者の胸に押し付けていた銃に風を出せるかぎりの力を込めて引き金を引いた。
※瑞樹視点
優しい風が頬を撫でて、振り返る…なんだろう嫌な予感がする。
玲音を呼んだがまだ姿が見えない…案内をするためにもここから離れるわけにはいかない。
もどかしく感じながらも落ち着かず、うろうろと歩いていた。
「瑞樹!」
「玲音!」
玲音の声が聞こえて、説明している時間が惜しくてすぐに玲音の腕を引っ張って走り出す。
貴斗さん、どうか無事でいてください…いるか分からない神に祈りながら貴斗さんがいるであろう場所に向かった。
そこで俺達が見たのは血の気が引く惨状だった。
地面に大量の血がこびりついていて、木にまで付着していた。
なにかの肉片が転がっているのが見えて血の中心にあるのは貴斗さんが持っていた銃だった。
急いで血の中から銃を取り強く強く握りしめた。
この場に俺と玲音しかいなくて、膝をつく俺に玲音が肩に手を乗せていた。
「瑞樹、ここにあの騎士がいたの?」
「……俺のせいだ、俺が離れていなければ…」
「瑞樹のせいじゃないよ」
違う、そうじゃない…俺は、守るために力がほしかったのに…指輪さえ大事にしていれば無くす事もなかったんだ。
俺は俺を狙った相手を絶対に許さない…貴斗さんを……くそっ!
まずは力を取り戻さなくてはいけない、服の袖で銃を拭いて内ポケットにしまう。
周りを見渡している玲音ならなにか知っているかもしれない。
櫻さん、早速約束を破ってごめんなさい…でも今の俺は大切な人を失って、復讐からは何も生まれないという綺麗事を言っている状態ではなかった。
玲音は血に濡れた細い布を見つめて眉を寄せた。
「玲音、架院さんの居場所分かるか?」
「え?なんで?契約するの?」
「…違う、指輪を返してもらう」
「うーん、あの頑固者がすんなり返してくれるかなぁ」
「どんな事をしても返してもらう」
俺がそう言うと玲音は驚いた顔をしていたが、今の俺は頭に来ていた。
何も出来なかった自分に、とても腹が立っている。
玲音は架院さんの居場所は分からないが、櫻さんなら知っているのではないかと言っていた。
櫻さんに言ったら絶対に止められる、なら自力で探すしかない。
俺が知っている架院さんが居そうな場所、一度連れてこられた青いバラがあるあそこだけだ。
あそこなら玲音も来たし、場所を知ってるだろう。
あの時は必死で不思議とあまり覚えていなかった。
「玲音、架院さんがいた青いバラがある場所に案内してくれ」
「…いいけど、俺と架院がめちゃくちゃにしたからなぁ」
そう口では言いつつも、ちゃんと案内してくれるのが玲音の優しいところだ。
学院側を歩いて、少ししたらバラ園の入り口に到着した。
窓も天井もガラスで出来ているみたいだが、ガラスが全て割れていて地面に散らばっている。
ガラスに気をつけて歩いていたら、奥の方に人影があった。
キラキラと月の光で照らされたガラスのじゅうたんの上にいる神秘的で美しい人は一輪の青いバラを持っていた。
その人は俺達に気付いて、こちら側に体を向けた。
「架院、マジでいた…って瑞樹!?」
玲音が後ろから驚いた声を出していたが、止まらなかった。
早く、早く…俺は…アイツを、貴斗さんの仇を取らなくては…
架院さんの前で足を止めたら、架院さんは目を細めていた。
あんな事をされたのに何故また戻ってきたのか分からないといったところだろう。
「指輪、返してください」その一言で架院さんは俺の目的を察した。
すぐに不機嫌そうな顔になったが、今の俺は引き下がらない。
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