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第93話

※玲音視点 瑞樹達が目の前から消えて、瑞樹の気配を探すが架院の魔法で消しているのか全く分からなかった。 架院の部屋にいるのだろう、でもあそこは吸血鬼が入れない場所にあってさらに架院は誰も入れない結界を張っているらしい。 こればかりは壊したら無法地帯になるから壊せない。 すぐ近くにいるのに手が届かない、悔しくて剣を思いっきり振り下ろす。 親父は学院にいないらしいが、魔界で王族の仕事をしているのだろう。 ずっと学院にいるわけにはいかないしな、親父に会いに行くには魔界しかない。 こんなところでうじうじしていないで行動した方がいいな。 俺は剣に力を込めて、空間を引き裂くとそこが避けて黒い空間が現れる。 親父に話せばまたあの時みたいに瑞樹を助けられるかもしれないと期待している。 親父に頼るのは正直嫌だが、自分でもどうしようもないから利用できるものは利用しよう。 プライドより瑞樹の方が大切で俺にとって最優先するべき事だ。 黒い空間に入るとどんよりした空気に包まれた場所に出た。 木々は枯れて、花なんて一輪も咲いていない渇ききった地面を蹴飛ばして城に向かって走り出す。 魔法使いと吸血鬼の境界線である入った者を死へ追いやられる毒沼の横を通りすぎる。 魔法使いの国はどうなのか知らないが、吸血鬼の国は年中血生臭いにおいが充満していて反吐が出る。 吸血鬼の主食は血だから仕方ないかもしれないが、ほとんど無法地帯のようだった。 親父が吸血鬼達を束ねているが、それでも言うことを聞かない奴は多い。 吸血鬼は魔法使いのような王に従順な独裁国ではない、誰にも縛られない自由な性格の奴が多い。 親父を崇拝する者も多いが、親父は戦争を好まない性格で…力で押さえつける独裁的な性格の魔法使いの王を支持する者も少なくない。 吸血鬼と魔法使いの境界線が曖昧なのが、この魔界だ。 俺はまだ次期王として吸血鬼達にお披露目をしていないから俺が次期王だと知る者はごくわずかしかいない。 だからか、魔界に帰るとよく絡まれる…見た目もあるが学院でも絡まれるから慣れたもんだ。 「おいお前、ちょっと面貸せや!」 「俺達今、めっちゃイラついてんだよ…すぐには殺さないから安心しろよ」 頭に血が上ったバカが多くて、本当に笑えてくる。 すぐに殺さないって、じわじわいたぶって殺すって事じゃないか?安心出来る要素は一つもないな。 俺は今忙しいんだ、遊んでる暇なんてないんだよ。 大剣を握りしめて、無言で絡んできた吸血鬼達を斬り付けた。 制服に返り血が付いてしまい、舌打ちをしながら死体の横を通り城に向かった。 面倒だ、携帯道具で呼び出せればいいが…あれは学院の敷地内でしか使えない。 城の門番は俺を知っているから、顔パスで入れる。 頭を下げる門番の横を通り、親父がいつも仕事をしている執務室に急ぐ。 執務室のドアの前には騎士が立っていて俺が来ると敬礼していた。 乱暴にドアを叩くと、ドアが開いて親父が顔を出した。 「こんな遅くにどうしたんだ?今の瑞樹を一人にしちゃダメだよ」 「その瑞樹が危ないんだよ!架院に…」 俺が言い終わる前に親父は俺の腕を痛いほど強く引いて執務室の中に入れた。 補佐の男に席を外すようにと手を上げて合図を送ると、頭を下げて執務室を出ていった。 俺達しかいなくなった執務室で親父は頭を抱えてソファーに座り込んだ。 親父は瑞樹が架院と契約するのを反対しているように思えたが、何故そこまで反対するんだ? 確かに架院は架院の父親のように危ない思考を持っている。 瑞樹が殺される心配なら俺もしているが、それならなんですぐに指輪を瑞樹に返さないんだ? 「親父、早く瑞樹を助けないと…」 「瑞樹は契約したのだろうか」 「…えっ、契約?じゃあ瑞樹は無事なのか?」 「無事?無事なわけないだろ、彼との契約はとても危険なものだ」 「玲音と姫騎士がいれば安全だと思った僕がバカだったよ」と悔しそうにしていた。 親父が指輪をすぐに返さなかったのは仕事が関係していたそうだ。 急遽魔界に帰らなくてはならず、姫騎士に指輪を託す事も可能だったけどとても大事な指輪でいくら信頼している姫騎士にも渡すわけにはいかなかったそうだ。 俺のところに行く時間がなくて、明日帰るようにしていたそうだ。 俺が付いていながら一人で瑞樹を架院のところに行かせてしまった、信頼してくれた親父も裏切った俺の責任だ。 でも架院との契約が危険ってどういう事をなんだ? 「親父、瑞樹と架院が契約したらどうなる?」 「姫と魔物は心で繋がり契約出来るようになっていて、心と体がとても相性がよくなるんだ」 それは俺も分かっている、瑞樹とはとても相性がいいからな。 心が繋がると、空白だった心のピースがカチッと全て埋まる感じがする。 それはとても心地がよくて幸せな時間だと、二度繋がり誰よりも分かっているつもりだ。 親父は「希にいるんだよ、姫との相性が最悪な魔物が」と言っていた。 もしかして、瑞樹と架院の相性は最悪だったのか? でも最悪でも契約をする事は出来るのではないのか? 魔物は姫の魅力に逆らえない従順な僕だ、契約の相性が悪くても惹かれ合う事は出来るはずだ。 だって架院は瑞樹の事を愛していた、その気持ちに偽りはない筈だ。 「契約したらどうなるんだ?」 「まず、他の魔物と違って求められても体は反応しないんだよ…相性が悪いからね」 「無理矢理襲ったら?」 「求めていない状態で体を繋げても契約は出来ないよ」 「……そうなのか」 「相性が悪いとその時姫側は分かるから、あまり近付かなくなるんだよ」 「危険だと本能で分かるからね」と親父は言った。 そういえば瑞樹もそんな事言っていたな、あの時俺も異変に気付いていたら… 契約出来ないだけで危険だとなんで思うのだろうか。 親父には詳しく姫の話を聞いていなかった、というか聞こうと思わなかった過去の自分を恨んだ。 姫が瑞樹だって知ってれば勉強したのに…と親父を睨む。 親父はいろいろと知っている、まだなにか隠し事があるのかもしれない。 「僕は危険だと思った相手に近付きすぎたらどうなるか分からない、ただ良くない事だという事は分かるよ」 「なんで、架院が危険な事…教えてくれなかったんだよ!!」 「………悪かった、瑞樹にも謝るよ」 「謝るくらいなら、瑞樹を助けろよ」 こうしている間にも瑞樹は危険な事になっているんだ。 早く、助けないと…架院の好きには絶対にさせない。 親父は立ち上がり、壁に手を付くとそこから黒いものが染み出して黒い空間が現れた。 ここから学院の中に入れるが、問題はここからだ。 学院寮と架院の結界をどう突破するかが問題だ。 いくら親父でも魔法使いの中で堂々と出来るわけがない。 それに吸血鬼が魔法使いに変装する事はほとんど不可能だ。 吸血鬼の血のにおいは隠せないからな、産まれたばかりの赤子くらいだ血のにおいがしないのは… 学院に戻ってきて、親父は悩む事なく歩き出した。 「親父どうするんだ?魔法使いでもないのに寮に入れるわけないだろ」 「…だったら魔法使いを使えばいい」 親父はそう言うと、携帯道具を取り出して何処かと連絡していた。 すぐにやって来た二人組を見て、俺は目を見開いて驚いた。 「頼んだよ」と親父が言うとソイツは頭を下げた。 確かに魔法使いなら大丈夫だが、相手はあの架院だし…架院の結界はどうするんだと不安だった。 親父は吸血鬼の王であり、魔法使い対策の道具をいくつか持っていると結界封魔の薬を渡していた。 これは何処で取ったのか分からないが、架院の血が混じっているらしく部屋に張る簡単な結界くらい壊せると言っていた。 親父はこの世で一番敵に回したくない相手だと思う。 走り出す後ろ姿を見つめながら、ただただ瑞樹の無事を祈った。 瑞樹が死んでしまったら俺は生きる意味を失ってしまう。 架院に手足をもがれて目を潰されても、生きてさえいてくれたらいいと思う俺は狂っているのかな。 「親父…瑞樹は大丈夫だよな…………親父?」 親父は驚いた顔をして鼻を押さえて顔を青くしていた。 なんかにおいでもするのか?…そう思って集中して嗅いでみると甘ったるいにおいがした。 でも親父のように鼻を押さえるほど強くはない。 もう一人も首を傾げていて、親父は歯を食いしばり…瑞樹達の帰りをただ待っている事しか出来なかった。

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