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第96話

「…ぁっ」 「!?」 「何してんの?もうすぐスタンバイしなきゃ…」 体中をビリビリと駆け上がるような感覚がした。 体はまだ何ともないが甘い声を出してしまい気まずい空気になってしまった。 小さいものだったから紅葉さんと紫音さんには聞こえなかったみたいだが、近くにいた紅野さんには聞こえたみたいで顔を赤くして固まっていた。 そして攻防を止めたのは紅葉さんで、ハッと我に返った。 紅野さんは無言で俺から退いて、俺も起き上がり服のシワを伸ばす。 ジッと紅野さんが俺を睨んでいたが、何も言って来ないから気にしない事にした。 紅葉さん達が声援の中ステージに向かったので俺も向かう。 俺達は揃い会場は歓声に包まれた、これが紅葉さん達が普段見ている世界なんだな。 少しだけだが紅葉さんの罵倒も聞こえるが、俺は紅葉さんの手を握った。 暗い顔をしていた紅葉さんは顔を上げて、頷いた。 紅葉さんの足を引っ張らないように一生懸命頑張ろう。 曲が始まり爽快なリズムに合わせてギターを弾いて紅葉さんは歌い出す。 その歌は会場を包み込むような素晴らしいものだった。 チラッと会場の端に目線を合わせると、学兄さん達がいた。 学兄さんの周りにいるのは親衛隊と呼ばれる人達がいた。 この中で見覚えがある人物がいて、怒りが込み上げてきた。 あれは昨日俺を襲った、包帯の男だ…やっぱり俺を殺すように学兄さんに言われていたんだ。 俺が邪魔なのは分かっていたけど、どうしてそこまで… 必死に考えないように頭を振り音楽に集中すると、紅葉さんが歌うのを止めて固まっていた。 俺達はなにがあったのか紅葉さんを見ていたら唇が動いていなかった。 会場も何事かと紅葉さんに集中していた、手が震えているのが分かる。 「……どう、しよう」 紅葉さんはそう小さく呟いた、傍にいた俺にははっきりと聞こえた。 顔を青くしてなにかに怯えているようだった、歌詞を忘れたわけではなさそうだ。 そして観客の中から「これだから可愛いだけの奴は…」とか「下手なんだから辞めちゃえ!!」とか酷い言葉を吐いてる奴らがいた。 コイツらのせいか、歌くらい静かに聞けないのか。 俺は目を瞑り、周りの罵倒を無視して口を開いた。 「…~♪~~♪」 「!?」 「瑞樹くん…」 紅葉さんの練習を何度も見てきたから歌詞は頭に入っている。 俺は紅葉さんのサポートになればと歌い続けた。 すると紅葉さんは歌詞を思い出したのか歌う俺を笑顔で見つめて自身のマイクを握り直し、声を重ねて歌った。 罵倒はまだされているだろうが、それを上回る歓声が会場に響いた。 俺達はこうしてライブを成功させて、いいローズ祭の開始を迎えた。 学兄さんが、ステージに親衛隊を連れて上がってくるまでは… 「皆!ローズ祭が始まる前に聞いてくれ!」 俺達はまだステージの前にいたのに、押し退けられていた。 さっきまで大盛り上がりを見せていた会場は学兄さんの話を聞くために、すぐに口を閉ざした。 クリーム色の綺麗な少年が学兄さんの横に立っていた。 生徒会長だと周りがぽつぽつと言い始めていた。 この人が生徒会長、初めてみた…綺麗な琥珀色の瞳なのに何も映っていないような感じがした。 冷たいとは違うこの感じ、いったいなんだろう。 「姫、森高学により…宣言する」 広い会場に、生徒会長の声が響き渡っていた…学兄さんがいったい何を言うんだ? 代弁するのか、学兄さんではなく生徒会長が口を開いた。 「ここにいる森高瑞樹は、姫の弟にして人間である」と俺を見てそう言った。 一気に周りはざわざわとし始めて、いつかバレるだろうと思っていたがこんなに早くにバレるとは思わなかった。 会場中からの殺気を全身で感じて気分が重くなる。 後ろにいた紅葉さん達を見ると紅葉さんは顔を青ざめていた。 「瑞樹くん、人間って…本当?」 「…紅葉さん、言わなくてごめん…俺は」 「きゃっ!」 「紅葉に近付くな!薄汚い人間が!!」 一歩前に出ただけで、紅葉さんは怯えてしまい紅野さんに胸ぐらを掴まれた。 怖がらせてまで紅葉さんの傍にはいられない…魔物にとって人間は敵だから仕方ないのかもしれない。 ステージ裏に向かって、衣装から制服に着替える。 その間にもまだ話は続いているらしく、俺達のライブ以上に盛り上がりを見せていた。 俺が学兄さんに酷い事をしてきたか、俺がどんなに悪か話していた。 正直見に覚えはないが、無意識にそうしてしまっていたのかもしれない。 でも、学兄さんを殴ったり笑い者にしたりは無意識には出来ない…した事はない。 俺が学兄さんにされた事なら当てはまるんだけどなぁ… 「……姫」 「うわっ!」 制服を着替え終わったタイミングで、耳元でそう囁かれて驚いて後ろを振り返る。 椅子に座って足をブラブラと揺らしている紫音さんが座っていた。 紅葉さん達はまだ戻っていないようで、一人で来たのだろう。 さっき、姫って言ってたよな…確か初めて出会った時も姫って言っていたような気がしたが気のせいだと思っていた。 でも、確かに今…俺の事を姫だとはっきり言った。 この人は何者なんだろうと警戒していたら、椅子の横に置いていた紙を手に取り書いていた。 『俺の一族の目にはそれぞれの生き物の色が見える』と書かれていた。 忙しなく紙を破って真新しい紙に字を書いていく。 『魔法使いは黄色、吸血鬼は黒、人間は真っ白』と書いてあった。 そうか、じゃあ初対面の時…紫音さんだけが俺を人間だって気付いていたのか。 バンドのために黙っててくれたんだな、ありがとうと伝えた。 不思議な顔をする紫音さんは、また紙を破り書いた。 次に書かれた紙を見せられて、驚いて目を見開いた。 紙には『昔、前の姫を見た両親は真珠の綺麗な色をしていたって言っていた』と書かれていた。 真珠、銀色に近いクリーム色…だっただろうか。 俺の胸元をトントンと指先で叩いて「真珠色」と微笑んだ。 そっか、紫音さんは最初から人間ではなく姫として俺を見ていたんだ。 そりゃあそうか、学兄さんを姫だと言っていて二人目の人間が現れたら姫なんて思わないよな。 付け足すように紫音さんは紙に「森高学は真っ白」と書いていた。 俺が姫で、紅葉さんに話していなかったから事情があるだろうと言わなかったんだな。 もう一度ありがとうと伝えると首を傾げていた。 「今から人間を殺した者は姫からの褒美を与える!」 より高い歓声が聞こえて、とんでもない事になっていた。 理事長も初めの頃に言っていた事を今更思い出す。 ますます生きて卒業出来るのか分からなくなってきた。 指輪に触れて、硬く手を握りしめて、ステージから降りようと歩き出す。 紫音さんが椅子から降りて、俺の手を掴んで離した。 そのまま紅葉さん達がいるステージに戻っていった。 手には紙が握られていて、最後のメッセージだろう。 紙を開いて読んでみると、頬を緩ませて丁寧に紙を折ってポケットに入れた。 『俺は君の味方にはなれないけど、影から応援してる』と書かれていてありがたかった。 傍にいるだけが仲間ではない、一人でも俺を理解してくれる人は必要だ。 ステージを降りるとなにかの列が出来ていて、周りに気付かれないように玲音に近付く。 「玲音」 「瑞樹、何処行ってたの…心配したんだよ」 玲音は小声で会話をしてくれていたが、周りの何人かにはバレてしまった。 今、乱闘騒ぎは起こさないようでホッとしつつ列に並ぶ。 どうやらこの列はローズ祭のパートナーを決めるためのものだったそうだ。 仲間割れはなしというルールがないから、この様子じゃ…敵だけじゃなく味方にも気を付けなくてはいけないな。 俺の番がやって来て、くじの紙が入っているだろう箱に手を突っ込んだ。 どれでもあまり変わらない気がして適当に上にあった紙を取った。 列から離れて紙を開き、番号を受付の人に見せるとパートナーが分かるそうだ。 『16』と書かれた番号を見て、受付に向かうと玲音が受付を済ませていた。 『33』のところに玲音の名前が書かれていて、玲音ではないそうだ。 俺が受付に向かうと、眼鏡を掛けた先生が嫌そうな顔をしていた。 「げっ、人間…早く終わらせろ!」 「…は、はい」 まるで害虫のように手を振られて名前と番号を伝えた。 俺は名前を言った筈だったが、名簿には「人間」と書かれていた。 俺の隣は空欄でまだ誰も引いていないのだと分かる。 チラッと玲音のパートナーを見ると、誓司先輩の名前があってあの二人がパートナー…全く想像出来なかった。 すると後ろから「申し訳ございませんが、いいですか?」と聞こえた。 受付に置かれた紙には『16』の数字が書かれていた。 俺のパートナーだとすぐに分かり名簿から顔を上げて言葉に詰まった。 「白石貴斗、16番です」

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