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第97話

「…貴斗さん」 それはあの時俺を守ってくれた貴斗さん本人だった。 頭には包帯が巻かれていて、よく見れば体のあちこちにも包帯が見える。 生きてはいるが、無事ではないという事だろうか。 貴斗さんは受付にそう伝えると、俺の方を向いて変わらない笑顔で迎えてくれた。 泣きそうになりながらも、こんなところで泣いたら貴斗さんを困らせてしまうと堪えた。 その代わり、手を握って生きている体温を確かめる。 「良かった、貴斗さん」 「申し訳ございません瑞樹様、心配をお掛け致しました」 貴斗さんが生きているならそれでいい、俺は「謝るのは禁止ですよ」と言うと照れたような顔になった。 受付の先生が大きな咳払いをして、あっち行けと手で振っていたから場所を移動した。 あの時、貴斗さんも死を覚悟していたと話してくれた。 貴斗さんはもう戦える力がほとんど残っていないから魔法を使い相手を巻き込もうとしていたそうだ。 でもあの時、間一髪で誓司さんが来て自分の魔法から守ってくれた。 そして俺が玲音を連れてきた時にいなかったのは誓司先輩のさに医務室に連れてかれて手当てをしていたからだと言っていた。 そうだったのか、でもそれじゃああの血と肉片はなんだ? 貴斗さんのものではなさそうだし、あの包帯の男でもないだろう。 「貴斗さん達がいたところに肉片があったんですが…」 「あれは私の魔法が襲撃者に当たって、男の体はバラバラになったんです」 「…えっ、でもさっき…」 「はい、私も見ました…何故まだ生きているんだ」 あのまま貴斗さんが死んでいたら、貴斗さんの死が無意味なものになるところだったらしい。 バラバラになったところを貴斗さんが見ていたのなら何故平然と立っているのだろう。 昨日の出来事だったのに、魔法使いの治癒魔法ってそんなに優秀なのだろうか。 貴斗さんは俺を守るためにちょっとくじに細工したと言っていた。 そんな事してバレないか不安だったが「私がバレるようなヘマはしないので大丈夫ですよ」とフフッと笑っていた。 貴斗さんが言うなら心配いらないが、正直俺も貴斗さんで良かったとホッとしていた。 これで味方も敵かもしれないと心配する必要はなくなった。 「瑞樹!あれ?パートナーソイツ?」 「玲音」 玲音が手を振りながらやって来ていた、少し離れた隣には誓司先輩もいた。 玲音は貴斗さんが生きている事を不思議に思っていないようで普通だった。 もしかして貴斗さんが生きてるの知ってたのか?だったら教えてくれればいいのに… 玲音に聞いたら俺を櫻さんの部屋に運んだのは貴斗さんだと言った。 しかしそれだと変だ、あの場に貴斗さんはいなかったのにいつの間に来たんだ? その疑問を伝えると玲音は明らかに挙動不審になった。 「玲音、なんで貴斗さんがいたんだ?」 「えっ!?た、たま…たま通りかかってね、ね!」 玲音は誓司先輩と貴斗さんに同意を求めるように顔を向けていた。 誓司先輩はなにか言いたげに玲音を睨んでいた。 貴斗さんは玲音の言葉を肯定するように頷いた。 玲音の言葉に納得はしていないが、俺に隠したいなら無理に聞くのは可哀想だ。 俺は「そっか」とこれ以上聞かない事にしていたら、貴斗さんが俺の片手を軽く掴んでなにかをしていた。 ガシャンと少し手首に重さを感じて視線を下に向けると貴斗さんと手錠で繋がっていた。 「ローズ祭の間我慢してくださいね」 「分かりました」 「俺達も瑞樹の事守るから!」 「瑞樹様とパートナーになれなかったのは不満ですが、全力で御守り致します」 「ありがとうございます、二人共」 優勝など考えるな、無事に生き残る事だけ考えろ。 構えると、周りの魔物達はいっせいにこちらを見つめていた。 その瞳には殺意が込められていて、今か今かと迫ってきている。 ステージの上にいる生徒会長は、受付の壁に貼られた名簿の番号が全て埋まり、全員手錠を嵌めているかを確認していた。 後ろの学兄さんは退屈そうに隣にいる親衛隊と話していた。 生徒会長は手を上げて周りに響くように高らかに宣言した。 「ただいまより、ローズ祭を開始する!パートナーを繋ぐ鎖を切られた者は失格としてローズ祭の参加を禁ずる、多くの鎖を切った者を優勝とする!相手を殺す行為は重い罰則があるから忘れずに」 「瑞樹は悪い人間だから殺してもいいぞ!」 「………それでは、始め!」 生徒会長が宣言するとそれぞれが動き出した、俺の方に… 死ぬわけないと思っていたが、学兄さんがあんな事を言ったら俺に対しては全力でかかってくるだろう。 …ならば俺も全力で迎え撃つ、貴斗さんと共に… 貴斗さんの手と手を重ねて、ゆっくりと握り合う。 一人一人の動きをよく見て攻撃を避ける、貴斗さんは俺が動きやすいように動きを合わせていた。 二人一組だから、二人同時に攻撃をすると必ず隙だらけになる場所がある。 そこを潜り、避けるが…ただ避け続けていてもどうしようもない。 貴斗さんにずっと持っていた貴斗さんの銃を渡すと、鎖に向かって撃った。 パキンと音がして二人が離れていくと、その手錠の鎖がまるで生き物のように伸びて拘束した。 身動きが取れなくなり、呆然と見ていた他の奴の隙を狙い貴斗さんが銃を撃った。 これで二人目だ、我に返った周りが再び襲いかかってきて腕を突き出してきたから手を掴んで止めた。 足蹴りも入り、もう片方の腕でガードして貴斗さんはもう一人の相手をしていた。 その時後ろに気配があり、振り返る暇もなくて目の前の相手の鎖をギュッと握り引きちぎった。 後ろから呻き声が聞こえて、後ろを振り返ると玲音と誓司先輩がいた。 「くそっ、瑞樹様に汚い手で触ろうとしやがって…」 「瑞樹ー!!大丈夫?」 玲音が明るく言っていたが、後ろの誓司先輩が足で何度も踏みつけていた。 殺したら失格になるから誓司先輩の手を引いて止める。 誓司先輩はすぐに機嫌を直して、後ろにブンブンと尻尾の幻覚が見えるほと嬉しそうに玲音を押し退けてやって来た。 貴斗さんが銃を向けると、周りの人達が一歩ずつ下がる。 「なんで姫騎士がアイツの味方なんだよ」とか「あの人間も結構やるな…」とか話しているのが聞こえる。 それでも俺達に襲いかかってくる奴を倒していった。 すると、目の前の男の体に無数の腹が刺さりそのまま力なく倒れていった。 突然の事で驚いた俺の肩を貴斗さんは抱きしめて支えてくれた。 カツカツと歩くその姿に鳥肌が立ち、俺の肩を掴む貴斗さんも警戒していた。 「…玲音さまぁ」 「………お前、なんでここにいるんだ」 玲音も驚いていた、玲音の知り合いだろうか…包帯の男はクスクスと笑っていた。 貴斗さんを襲った学兄さんの親衛隊…俺にとっても無関係ではない。 包帯を愛しげに擦りながら「ほら見て、玲音様からもらった愛の証だよ」と、包帯をゆっくりと外して俺達に見せていた。 それは目を逸らしたくなるほどの痛々しいものだった。 深くまで肉が抉れて、つぎはぎのようなものも見える。 玲音の愛の証と言っているが、本当に玲音がやったのだろうか。 「なにが愛だ、お前を殺そうとして付けた傷だ」 「嫌だなぁ、僕は蘇生能力に優れた吸血鬼だよ?貴方の望むどんなプレイにも対応出来るように」 「…何のプレイもしねぇよ」 いつもの明るい玲音ではなく、心底不愉快そうに唾を吐き捨てていた。 蘇生能力、だから貴斗さんがバラバラにしてもすぐに何ともないような体に戻ったのか。 じゃあ彼を殺す事は誰も出来ないのではないのか? 男は貴斗さんに目線を向けて、憎悪を向けていた。 貴斗さんも負けじと銃を向けると男は自分の体を抱き締めた。 「なのに、僕はこの男に汚された!!玲音様のものなのに体に無理矢理捩じ込んで掻き回して!!」 「……誤解のある言い方はやめてください、私は瑞樹様に刃を向ける相手に銃を向けただけです」 「この体は玲音様のものなのに」 貴斗さんの言葉が全く聞こえないのかぶつぶつと呟いていた。 そしてパートナーである男と繋がっている鎖を引いた。 相手は嫌そうな顔をしながらも鎖で繋がっているから自由に動けないのだろう。 玲音の眉はより深く刻まれていて、手から剣が現れた。 「お優しい玲音様は家畜を見捨てる事が出来ますか?」と男が玲音を挑発していた。

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