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第101話
櫻さんに笑いかけると、ふわっと微笑んでくれた。
偶然だけど、何だか櫻さんが俺の好みを分かってくれたようで嬉しかった。
そうだ、櫻さんにも鳳さんについて話しておこう。
とりあえず今は契約とかは考えないで彼を知っていこうと考えている事を伝えた。
櫻さんは鳳さんを知っているのか「彼か…」と
考えていた。
櫻さんの髪が少しだけ跳ねていて、そっと触れた。
「……え?」
「あ、ごめんなさい…ちょっと跳ねてたから」
「このまま少しソファーで寝ていたからかな」
「嫌じゃなかったら、櫛…ありますか?」
櫻さんは驚いた顔をしていたが、自室から櫛を持ってきてくれて俺はそれを受け取った。
髪を束ねていたゴムを外すと、綺麗な髪がさらさらと揺れていた。
いいにおいがして、胸がドキドキと高鳴っている。
壊れ物を扱うように丁寧に櫛を入れて、流していく。
不思議だな、前にもこんな事した事があったような…いつだったっけ。
櫛をとかしながら、櫻さんは静かに口を開いた。
「鳳くんはちょっと素直じゃないだけで、悪い子ではないよ」
「櫻さんのお知り合いなんですか?」
「そうだね、古くからの知り合いだよ」
『知り合い』という言葉を強調しているから友人というわけではないようだ。
玲音は鳳さんの事を知らないみたいだったから、玲音には会わせていないのだろう。
髪をまとめてゴムを通す、櫻さんの髪が触れられなくなるのが寂しい。
「出来ました」と伝えると櫻さんはこちらを振り返った。
正面から見たらちょっと曲がっているのが分かった。
もう一度やり直しますと櫻さんのゴムを取ろうとしたら手を掴まれた。
「やり直さなくていいよ」
「でも…」
「何度もやっていれば自然と上手くいくよ」
「…また、櫛をとかしていいですか?」
「君が嫌じゃなかったらね」
嫌なわけがない、俺が必死に頷くとクスクスと笑われた。
櫻さんはとても不思議な人だ、傍にいると安心するし…つい頼ってしまいたくなってしまう。
生きるためには頼りすぎちゃいけないって分かっているんだけど…
そういえば櫻さんは何の用で俺を呼んだのだろうか。
玲音にも話せない内容、俺には想像も出来ない。
俺がとかした髪を撫でていた櫻さんに本題を聞いてみた。
「櫻さん、俺に何の用だったんですか?」
「森高学くんについて、ちょっと厄介な事になってね」
学兄さん?ローズ祭のあの騒ぎの他にまたなにかやったのだろうか。
直接学兄さんがなにかしたわけではないと前置きをして櫻さんが話し出した。
魔法使いの現王、つまり架院さんの父親が学院から姫の力を感じて血眼になって姫を探しているそうだ。
この場合、俺ではなく学兄さんのところに行くだろう。
とある事情で架院さんの父親はこの学院に行く事が出来ず、架院さんに情報を聞いているらしい。
櫻さんが魔界に帰ったのはその話だったそうだ。
どれほど架院さんの父親が情報を知っているのか探っているみたいだ。
「学兄さんは大丈夫なんですか?」
「今は架院が話していないみたいだから大丈夫だけど、いつ話すか分からない」
「俺に出来る事はありますか?」
「もし、あの男が知ったら…君は何もしないでほしい」
「……学兄さんを見殺しにしろって事ですか?」
「そうだよ」
櫻さんの当然だと言いたげな声がとてもショックだった。
学兄さんを守るためにも力をつけろって言ったのは櫻さんなのに、なんでそんな事を言うんだ。
俺の体を抱きしめて、幼子をあやすように背中を軽くポンポンと撫でた。
「瑞樹は誰を犠牲にしても生き延びなきゃならないんだ」と酷い事を言う。
俺は兄を犠牲にしてまで生きたくはない、この力は誰かを守るためにあるんだ。
そっと櫻さんから離れると、櫻さんも俺と同じくらい傷付いた顔をしていた。
「俺は学兄さんを守ります、絶対に見殺しにしません」
「…彼が君を殺そうとしても?」
「っ、それでも…です」
学兄さんは生と死が曖昧なこの学院にいるからきっと俺を殺そうとするんだ。
どんなに嫌っていても、世間体を気にしていた学兄さんが学院に通う前から俺を殺したとは考えにくい。
学院を卒業して、普通の生活に戻れば学兄さんは俺が嫌いでも殺そうとは思わないだろう。
だから見殺しになんて絶対にしない、学兄さんらこの学院に操られているだけなんだから…
こればかりは櫻さんの言う事は聞けない、櫻さんをまっすぐと見つめると柔らかい表情に戻り頭を撫でられた。
「ごめんね」と謝られて櫻さんが俺を守るために言ってくれている事はちゃんと分かってる。
「櫻さんありがとう、でも俺の守りたい人の中に学兄さんも入っているんですよ」
「…君は優しい子だからね、あの時も…」
「え…?」
「……」
小さな声で聞き取れなくて聞き返したが、答えてくれなかった。
話題を変えて玲音をなんで呼んではいけなかったのか聞いてみたら「二人きりで話したかったから」と微笑まれた。
真意は分からないが、きっと学兄さんの話をした時…玲音は櫻さん側に付くと思った…学兄さんの事好きじゃないみたいだし…
二人に言われたら、流されていたかもしれない…俺にとっても良かった。
あまり遅くなると玲音が心配しているかもしれない。
でもまだ櫻さんとお話したい、滅多に話す機会がないから…悩む。
「もうそろそろ帰る?」
「…あ、いや…その…うーん」
「大丈夫だよ、誓司くんが伝えたと思うけど明日…旧校舎の道場においで、君を兄を守れるほど強くしてあげる…力があっても使いこなせないとね」
「旧校舎?」
「マギカクラスの校舎の近くに誓司くんが行くから案内してもらって」
櫻さんの言葉に頷いて、オレンジジュースを飲み干した。
櫻さんに部屋の前まで送ると言われてもう少し一緒にいたかったから頷いた。
そして廊下に出たところで言い争う声が聞こえた。
この部屋は外に一番近い部屋で、言い争う声は外からだった。
常に誰かと争っているところを見ていた学院の中では日常の風景だった。
だから普段なら気にしなかっただろう、聞き覚えのある声と口調じゃなければ…
俺は外に向かって走り出して、驚いた櫻さんが俺の後を付いていく。
寮を出るとその人物は見えた、片方が片方の腕を掴んで引き止めているように見えた。
「おい!ちょっと待てよ!まだ話は終わってねぇやん!!」
「うるさい、離せ」
「またアイツのところに行くのか?」
「………」
「アイツは魂が一緒でも俺達が愛した女じゃねぇ!!目を覚ませや有栖!!」
「お前には失望した、もう友人でも何でもない」
掴まれた腕を強く払い、生徒会長は何処かに行ってしまった。
払われた手を見つめて「くそっ!!」と吐き捨てて拳を寮の壁に叩き込んだ。
俺達は何もせずただ鳳さんを見つめていたら目が合った。
いつものように余裕な表情を見せようとしているのだろうが…全く笑えていなかった。
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