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第2話

あれは俺がまだ小学生の頃、俺は醜いアヒルの子と言われていた。 俺には同じ歳の血の繋がった双子の兄と弟がいた。 兄は可愛い顔をしてクラスの人気者だった。 弟もまたカッコイイ顔をしていてクラスの(主に女子の)人気者だった。 そして俺は二人と血が繋がっていないのではないのかと思われてしまうほどの地味な子供だった。 キラキラした兄弟と違う俺はイジメの標的だった。 「やーいやーい、醜いアヒルの子ー!!!!」 「本当はお前、学くんと飛鳥くんの兄弟じゃないんだろ!!」 「ふぇぇーん!!!!」 同級生の子供にランドセルを投げられたり、罵倒されたりする毎日だった。 イジメをしない同級生も遠くから眺めていて楽しんでいるようにクスクス笑っていた。 俺はとても醜い、両親からもそう言われている。 鏡を見ても他の人と違いが分からないが、いつしか自分でもそうなんじゃないかと思い始めていた。 今日も学校帰り通学路の人気のない道で押されたりしてイジメられている。 ……そしてこの時、必ず助けてくれるのは… 「何やってんだよお前ら!!」 「ま、学くん…」 大きい声で走ってくる可愛い顔の兄…(まなぶ)。 クラスの中心的存在で人気者で自慢の兄だった。 …自慢する人がいなかったから心の中で憧れていた。 同級生達は学兄さんに嫌われたくないから慌てたように言い訳をしている。 同級生達は必死過ぎて気付いていないのだろう。 …兄である学兄さんがこちらを見て嫌な笑みを向けてる事に… 俺はその笑みの意味をまだ分かっていなかった。 「俺の弟をいじめちゃダメだぞ!」 「……学くん」 「学くんは優しいなぁ~、こんな出来損ないの弟も守るなんて」 学兄さんは俺の前に立ち腰に手を当てて同級生達を見る。 そんな学兄さんを同級生達は哀れみ憧れの眼差しで見る。 俺という出来損ないの醜いアヒルの子を持つ兄として哀れみ、そんな俺を守るヒーローのような学兄さんに憧れる子は少なくなかった。 近所の人も「うちの子も学くんを見習わなくちゃ」と言っている。 今思えばそれは全て計算されてる事だと分かる。 だけどその時の俺は学兄さんを信じていて気付いていなかった。 同級生達が去り、俺は涙でぐしょぐしょの顔で学兄さんに微笑んだ。 「…学兄さん、ありがとう」 「……はぁ?何それ」 さっきまで同級生達と話していた可愛い笑みではなく、心の底から人を馬鹿にするような乾いた笑いで俺の方を見た。 俺はあまりの豹変っぷりに驚いて固まっていた。 いつもは「瑞樹(みずき)は弱いんだからすぐに俺を呼べよな!」と俺のために怒っていたが、今日は違った。 この時学兄さんの本性を初めて知った日だった。 学兄さんは俺を見て眉を寄せてビシッと指を差した。 「お前はうちの子じゃないんだから迷惑掛けるなよな!!」 「………え」 今までの学兄さんのイメージを粉々と壊れる衝撃だった… やっぱり俺はあの家の子じゃなかたのだろうか。 だから…兄弟と違いすぎる容姿だし皆に嫌われてるのだろうか。 今なら俺を庇うあのセリフも学兄さんが周りに聞こえるように言う事で自らの株を上げていた事は分かっている。 でも当時のまだ小さかった俺にはあまりにもショックで、耐えられずその場を逃げだした。 後ろから学兄さんが天使のような顔とは思えないほどの悪魔の笑い声を上げていた。 しばらく走り、そろそろ息が苦しくなった時に立ち止まりしゃがんで泣き出した。 「うぅ…ぐすっ」 誰もいない大きな住宅街の真ん中に座る小さな俺……子供ながらに惨めなように思えた。 俺には兄弟だけだった、だけど本当は一人ぼっちだったのか。 何処にも居場所がない、これからどうしよう。 風が強く吹いていて、タンポポの綿が飛んでいく。 そしてしゃがむ俺の目線に二人の子供の足が見えた。 不思議に思い、目を丸くしながら見上げると…… 「どうしたの?君」 「泣いてんのか?」 とても綺麗な二人の子供が俺を見下ろして立っていた。 一人は糸のように繊細な銀の髪ともう一人は吸い込まれるような黒髪の少年だった。 ……汚い俺とは生きる世界が違うのだろうとすぐに分かった。 そう思うととても心が締め付けられて涙が出てきた。 彼らは学兄さんとかと一緒にいた方がお似合いだ。 すると何を勘違いしたのか黒髪のカッコイイ少年は慌て出した。 「迷子か!?どうすればいいんだ!!」 「…落ち着きなよ、まずは彼の話を聞こう」 落ち着いている銀髪の人形のように綺麗な女の子は両手いっぱいに青い薔薇の花束を持っていた。 風になびく髪を耳に掛ける仕草はとても絵になる。 ニコッと笑う笑顔は俺にはもったいないと思った。 そして手に持つ薔薇を一本、俺に差し出した。 細くて繊細な綺麗な指に魅入られ釘付けになる。 スカイブルーの見た事がない美しい薔薇だ。 「はいこれ、僕の家で育てた薔薇だよ…君にぴったりだ」 この女の子僕って言うのか、じゃあ男の子なの?女の子でも僕って言う子はいるけど…女の子みたいな顔だし、頭がよく分からなくなり考えるのを止めた。 こんな綺麗な薔薇が、ぴったり?そんな訳ない。 だって俺は両親にも醜いアヒルの子と言われるほど汚い。 お世辞だろう事は分かる、本気にしてはいけない。 お世辞すら言われた事はないから驚いたが冷静になる。 綺麗な子は顔だけじゃなくて心も綺麗なんだな。 「……おれ…に?…嘘だ」 薔薇を貰い、それを見つめながら小さく呟いた。 すると銀髪の少年(?)は悲しそうな顔をした。 彼をこんな顔にしてしまったのは自分のせいだ。 「…どうして?」と聞くから「だって俺は醜いアヒルの子だから」と本当の事を言う。 二人は俺を知らないから言っている意味が分からない二人は首を傾げたから自分はどんなに嫌われているのか話した。 同情してほしいから話すわけじゃない…ただ、何となく俺を知ってほしかったのかもしれない。 隠したままだといつか他の人の話でバレる、だったら俺の口から言った方がいいと思った。 こんな話をすると、彼らも俺から離れてしまうと悲しかったが…もしかしたらこれで良かったのかもと思えてきた。 …俺といると彼らも嫌な気分になる気がした。 しかし彼らは他の人達と同じ反応を想像していが違った。 「…ひでぇ…なんつー奴らだ!!」 「君の兄弟がどんなに良いのか知らないけど……君は醜くない、こんなに愛らしい子なのに」 二人は周りの人間と違い俺にとても優しかった。 俺の事を思ってこんなに真剣に怒ってくれる相手は初めてだった。 今までは学兄さんがキラキラして見えていたが、今は彼らがキラキラして見えた。 少しでも俺の顔は普通だと思っていいだろうか。 その言葉、信用してもいいのかな…出会ったばかりの知らない人の… そして二人は俺の手を取って起き上がらせた。 『俺(僕)達がいるかぎり、君は一人じゃないよ…だから泣かないで』 それは俺にとって…神様の救いの言葉のように感じた。 俺は二人を見て、またポロポロと涙を流した。 オロオロする二人に首を振って違うと主張した。 これは…嬉しいから泣いてるんだ、心配掛けたくないから泣き止みたいが涙が止まらない。 嬉しい時も涙を流すとこの時初めて知った。 俺が無事に帰れるように二人は護衛をすると俺を真ん中に三人で帰った。 笑いあい、とても楽しく短い時間を過ごした。 彼らは名前と年齢ぐらいしか教えてくれず、何処の小学校とか何処に住んでるのかとか教えてくれなかったが近所に住んでればまた会えるだろうと思った。 そして、俺の願いは叶えられる事はなかった。 あの後また会いたいと何度も同じ場所に訪れたが、少年達はいなかった。 あんな目立つ容姿だ、他の人に聞いてみたが…知る人はいなかった(それどころか、俺の妄想だと馬鹿にされた) 貰った薔薇は枯れてきて、俺は探すのを諦めた。 いくつもの時が過ぎ、いつしか思い出も忘れていった。 そしてあれから5年が経ちもうすぐ俺は高校生になる。 相変わらず周りは醜いアヒルの子だと言われている。 ……もはや言われ慣れて気にしなくなった。 未だに学兄さんにうちの子じゃないと言われている。 ……血は繋がってるからあり得ないだろうが、俺もそう思うと軽く受け流している。 「えー、飛鳥同じ高校じゃねーの!?」 ソファーに寄りかかり床に座り大して面白くないテレビ番組を見て考え事をしていると、ソファーに座り同じくテレビを見る弟の飛鳥(あすか)くんににじり寄るようにソファーに乗り出して学兄さんが言う。 飛鳥くんはそんな学兄さんを横目で見て眉を寄せた。 飛鳥くんは俺と違いかっこいい容姿をしている。 学兄さんと違い飛鳥くんは性格までかっこいいから兄の俺から見ても完璧だ。 いつも醜いアヒルの子である俺に優しかった……本当の優しさだ。 飛鳥くんは俺がイジメられてる時、非力だったから助けられなかったとよく泣いていた俺は飛鳥くんまで虐められなくて良かったと思っていた。 中学に上がる頃には力も付け共通の友人と共によく俺を守ってくれようとしたが、俺もイジメに対抗するために力を付けたから守ってもらわなくてもよくなった。 とても悔しそうにしていたが、俺はそんな弟が自慢だ。 しかし昔から学兄さんの事は嫌いのようで学兄さんが話しかけると今のように嫌な顔をする……学兄さんは俺みたいに醜くないから飛鳥くんの事は大好きみたいだが… 「…耳元でギャーギャー騒ぐなよ、うるさい」 「何だよ!!そういう事を言っちゃダメなんだぞ!!」 確かに学兄さんは普通より一回り声が大きい。 そして学兄さんは常に自分が一番正しいと決めつけて言っている。 周りはそれに納得しているのが可笑しいと昔、飛鳥くんが言っていた。 飛鳥くんは並の人間が通えない超難問のクロス学院に通う事が決まっている。 学兄さんも試験を受けたが、落ちたようで自分ではなく問題用紙にケチをつけていた。 俺は元々受からない事が分かりきっているから試験そのものを受けていなくて、並の公立高校に行くことになっている。 「学ちゃんを落とす高校なんて大した事ないわ、学ちゃんが受かった高校だって名の知れた高校じゃない!」 「嫌だ!!飛鳥と一緒がいい!!」 お母さんが台所からやって来て学兄さんをなだめていた。 お母さんも学兄さんと性格が似ていて、学兄さんだけ可愛がっている。 俺なんて「何処で拾ってきたのかしら」とか言われるほど愛されてない。 ……俺は、誰にも愛されない存在なのかもしれない…一生…このまま… 俺を認めてくれた彼らはもういない。 お母さんは学兄さんに見せた優しい顔ではなく、冷たい瞳でこちらを見ていた。 「……瑞樹、新聞取ってきてくれる?」 「はい…」 これはお願いではなく、命令されたような威圧感が襲う。 …これが俺の家でのいつも通りの立ち位置だ。 家族としてというより、使用人に近いのかもしれない。 雑用は俺の仕事だ、これが俺に出来る事だ。 ちゃんと学校に通わせてくれるし、世間の目もあるから必要最低限の事はされてるから文句はない。 飛鳥くんはそんな俺を心配そうに見つめていた。 「…瑞樹」 「大丈夫だよ」 俺の腕を掴む飛鳥くんに笑って優しく手を離し立ち上がりリビングを出た。 飛鳥くんに迷惑は掛けたくない、嫌われているのは俺だけでいい。 ….これが、いつもの日常だ…何も変わらずずっと続くものだと思っていた。 この時までは、そう信じて…早く高校を卒業してこの家を出たいと思っていた。 春が近いとはいえ肌寒い外に出て、ポストの新聞を取った。 ポトッと新聞と共に俺の足元になにかが落ちた。 新聞の下にあったチラシかなにかだと思い、しゃがんで拾うと…黒い封筒があった。 そして封筒の角にはこの前飛鳥くんが見せてくれたクロス学院の校章が印刷されていた。 クロス学院といえば思い付くのは一人しかいない…飛鳥くんのか。 俺は新聞と封筒を抱えて立ち上がり家に入った。 家に入ると楽しそうに話す学兄さんの声がした。 靴を脱ぎリビングに向かい、テーブルに向かうお母さんに新聞を渡して、ソファーに向かい学兄さんを無視し続けてる飛鳥くんに封筒を渡した。 「飛鳥くん、ポストに入ってたよ」 「ん?ありがとう」 飛鳥くんは俺を見てニコッと微笑んだ、俺にはとても勿体ない眩しい笑顔だ。 それを気にくわない学兄さんは封筒を渡したばかりの飛鳥くんから取ってリビングの入り口まで走って行った。 油断していた飛鳥くんはさすがに怒ったのかソファーを立ち、ちょっとキツめに学兄さんを睨んだ。 この兄弟喧嘩はよく見る家でのちょっとした一場面だ。 それをいつも見ていて俺はそれが羨ましかった。 学兄さんは俺と喧嘩どころか会話もしたくないみたいで一方的に怒鳴るだけだから話す隙がない。 飛鳥くんは俺がしたい事を何でもするから喧嘩すらならない。 俺の力じゃ二人を止める事も出来ずただ見てるだけだった。 「兄貴、俺のだろ…返せよ」 「いいじゃんちょっとくらい……あれ、これって」 やっとこっちを見た飛鳥くんに満足そうにしていた学兄さんだったが、封筒の宛名を見て固まった。 …?学兄さんの珍しい顔だ、どうかしたのだろうか。 顔を青ざめて手が震えて、怒っているような焦っているような顔をしていた。 さすがに飛鳥くんも変に思ったのか封筒を取り返そうと手を伸ばしたら学兄さんは飛鳥くんから距離を取りテーブルの椅子に座り新聞を読むお母さんの後ろに隠れた。 こうなったら飛鳥くんは下手に動けなくなる。 お母さんに嫌われているわけではないが、飛鳥くんが学兄さんに強く怒ると何故か瑞樹のせいだとお母さんは怒る、だから飛鳥くんはお母さんには逆らわないようにしている。 俺はお母さんに言われたら「…そうなのかも」とか思うから飛鳥くんがそんな事を考えてるなんて知らなかった。 「早く返せよ、兄貴には関係ないだろ」 「かっ…関係ある!!俺のだから!」 「……は?」 学兄さんはちょっといつもより大きめの声で言った。 意味が分からず俺も飛鳥くんも不思議そうにしていた。 学兄さんは封筒を誰にも渡さまいと急いでリビングを出て自分の部屋がある二階に上っていった。 あれって飛鳥くんのじゃなかったのか…宛名見てなかったから分からなかった。 お母さんは学兄さんが心配で学兄さんを追いかけてリビングを出ていった。 取り残された飛鳥くんは状況が分からないが、学兄さんがあの状態じゃしょうがないからまたソファーに座ってテレビを見た。 俺も自分には関係ないと思い床に座りテレビを見た。 飛鳥くんに「ソファーに座ればいいのに」と言われたが、こっちの方が落ち着くからと遠慮した。 テレビは正直言ってあまり面白くなかった。

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