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第3話

※学視点 飛鳥宛だと言われた手紙の宛名を見て驚いていた。 ……だって、だって、そんなのあり得ない。 宛名には「森高(もりたか)瑞樹様」と書かれていた。 …何故、瑞樹宛なのか……俺じゃないのか。 瑞樹は弱虫で昔から何でも諦める癖があり、クロス学院の入試だって「どうせ無理だから…」と諦めたはずだ。 なのに何故か瑞樹宛にクロス学院から封筒がやって来た。 部屋に入り、誰も入れないようにドアに寄りかかり瑞樹宛の封筒を無断で開けた。 ……きっと何かの間違いだ、それか三兄弟だし…俺と間違えたのかもしれない。 封筒から出てきたのは入学案内の用紙だった。 コンコンと部屋のドアがノックされて、母親の声がした。 「学ちゃん、どうしたの?瑞樹にイジメられたなら母さんが叱ってきてあげる」 理由を聞かず、全て俺の味方をする母親……俺を正しい道に導いてくれるから大好きだ。 俺はそんな母親を利用できるだけ利用する。 …母はそんな事は知らないだろうが…知ってても俺のためならと利用する事を了承するだろうけど… 俺は部屋のドアを開けて母親を部屋に招いた。 母親は絶対に一人で来る、俺がそうしてほしいと何も言わなくても分かるみたいだ……おれの性格は間違いなく、この母親の遺伝だと思う。 …俺がこうなったのは全部母親と瑞樹のせいだ。 「学ちゃん、どうしたの?」 「母さん、これ…見てよ」 俺はわざとらしく悲しそうな顔をして恐る恐る封筒を渡した。 母親はそれを見て目を見開き、怒りを露にした表情をした。 俺もさっき怒りで手が震えていたけど必死に我慢していたんだ。 同じ瑞樹嫌い同士だから通じるものがある。 何故こんなのが俺の家に届いたのか分からない。 …だけど、俺より劣る奴が…こんなのあり得ない。 「何よこれ!!学ちゃんの方が優れているのに瑞樹なんかを合格させるなんて……瑞樹なんかにこの学校は勿体無いわ!!今すぐ断りの電話を入れて」 「……待って、母さん」 封筒を破きそうな勢いで感情的になる母親の腕を掴み悪どい笑みで止めた。 それに気付かない母親は俺が笑いかけたと思い同じく笑った。 さっき良いことを思い付いた、我ながらいい案だ。 俺が優れていると学園側に知らしめないと… 瑞樹はこの学園に受験していない、きっと俺の間違いだ…何故瑞樹の名前を知ってるのか分からないがそんな事どうでもいい。 俺が入学する学園はなかなか入れない偏差値が高い学園で自慢できるところじゃないと… 「…どうしたの?学ちゃん」 「せっかく合格したのに入学を取り止めたら向こうの学校も困るよ…だから瑞樹は辞退した事にして俺が代わりに行くよ、俺の学力なら問題ないよ」 「…学ちゃんが?そう…そうよね!瑞樹なんかより学ちゃんの方が相応しいわよね!いいわ、学院にそう電話しましょ!」 母親が爛々としながら俺の部屋を出ていった。 そして俺は嬉しさで一人で笑みを浮かべた。 母親に瑞樹と俺を間違えたと言うと「一緒にするなんて失礼だわ!」と言ってややこしい事になりそうだからそう言った。 瑞樹なんかに俺が劣る筈はないんだ、お前は醜いアヒルの子でいればいい。 母親がいなくなり、俺は自分で学院に電話した。 二回目の発信音が鳴り、渋い男の声がした。 『…こちらクロス学院理事長室ですが、どなたでしょうか?』 「実は俺の家に入学案内の用紙が届いたんです、宛名は森高瑞樹です」 『森高瑞樹?…すまないが、私の方では把握していない名前だが?』 「………え?」 理事長が把握していないとはどういう事だろうか。 まさか間違いで送られてきただけ?…いや、間違いならこの家と関係ない名前で送られてくる筈…入試を受けていない瑞樹の名前なのも可笑しな話だが… 飛鳥と勘違いしたというのもないだろう、飛鳥には既に入学案内書が来ている筈だ。 じゃあやっぱり自分と間違えたんだ。 そう考えるとしっくりきた、全く…家族構成を見て打ち間違えるなんて迷惑だよ…よりにもよって瑞樹なんかと… しばらく黙っていると電話口で理事長の声がした。 『その用紙は何時届いたのかな?』 「今日です」 『……そうか、ならあの方が…』 なんかブツブツ言っててよく分からなかったが、一人で勝手に理解したようだ。 俺も理解したいから分かりやすく説明してほしい。 謝罪の言葉はないのかと若干イライラしてきたら理事長が『それで、その森高瑞樹くんがどうかしたのかな?』と聞いてきた。 まだ勘違いをしているのか、偏差値が高い学園でも理事長がバカだとどうしようもないなと鼻で笑う。 電話越しだから向こうは気付いていないようだ。 分からせないと、俺があんな奴より優れている事を… 「実は間違いなんです、本当は俺に送られる筈だったんです…なのに手違いで弟の瑞樹の名前が!」 『…し、しかしな…私が送ったわけじゃ…』 この理事長は立場が低いのか…舌打ちしそうなのを我慢する。 演技は数々の大人を騙してきたから得意で、泣き演技をしながら同情を誘う。 瑞樹の入学を取りやめるように数々の悪口も添えて… 俺は正しい、俺はこの人生の物語の主役なんだ…瑞樹より劣る筈はない。 単純な頭で理事長はまんまと騙されていった。 理事長ともあろう人が…と思うがバカで良かった。 『…そうか、そんな悪い人間が姫なわけがないな』 ……姫?姫とは何なんだろうか、王国のお姫様みたいな? 確かに可愛い容姿だからお姫様みたいと言われた事はあるが電話越しで分かるのか? いや、落ちたけど受験受けたし…資料くらいあるか。 よく分からないが、適当に合わせておこう。 愛される存在の姫、俺にぴったりだ悪くない。 理事長はしばらく考えていて、やがて口を開いた。 『君はとても良い子なんだね、もしかして君が本物の姫なのか?』 「俺は皆に愛されてるから姫だとよく言われます」 いつもの大きな声を抑えて慎重に話を進める。 ……やはり大人は馬鹿で間抜けだと内心バカにする。 『君が姫と呼ばれているなら本物だろう、間違えてしまってすまなかった…正式な書類を後日送ろう』と言われやっと分かったかとため息を吐く。 ガッツポーズをしながら泣き演技を続けた。 まだ油断は出来ない悲劇を演じれば可哀想な子だとちやほやされる。 ずっとそうしてきたんだ、瑞樹という悪者を作って… 「俺、なんかが入学したら瑞樹が可哀想で…瑞樹の代わりが出来るかどうか」 瑞樹の代わりという言葉に胸糞悪さを感じながら後一押しだと思った。 理事長の声からして俺が何を言ってももう入学させる気しか感じないから謙虚に振る舞う。 そして瑞樹に悪い印象を与えたから理事長は瑞樹を嫌ってるだろう、今までの近所のおばさん達のように… 家では暴力を振るい暴れているというのが瑞樹の印象だ。 同級生達には瑞樹は汚い事ばかりして困っていると植え付けた。 子供は単純で見事に引っ掛かって一人でこっそり笑った。 そして今日から理事長もその一人になった。 『特待生枠だったから君がいなくてはならないんだ、しかし偽物を入学させるところだったありがとう…君なら立派な姫になるだろう』 「…はい、頑張ります」 特待生枠?俺が?…まぁそれくらい当然か。 特別、何も可笑しな事はない…当たり前だと微笑む。 姫というのがまだ分からないが俺の入学を許可した事だけは分かった。 あまり長く話すと母親が電話出来なくなると思い電話を切った。 そしてやっと繋がった母親が理事長に電話して、母親の力はほとんどいらなかったが俺の入学は確定した。

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