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第4話

※瑞樹視点 何だかよく分からないがもう既に別の学校への入学が決まっていたのに、いきなり学兄さんもクロス学院に入学が決まった。 俺としては良い結果になったがよく分からない。 クロス学院は全寮制だと聞いていて、当然学兄さんも寮に入る。 俺は相変わらずこの息苦しい家にいるが、学兄さんがいなくなっただけで…言ったらダメだが空気が少し良くなった気がした。 俺は予定通り受験を受けた平凡な高校に入った。 わざわざ俺を知る人がいない駅が二駅離れた街の高校を選んでいた。 学兄さんが近くの高校を選んだからでもあって、学兄さんならどんなに遠くても俺の悪い噂を流しそうだと思って少し警戒していたが、もう安心できる。 …自意識過剰だと思われるだろうが、学兄さんならやりかねないから怖い。 飛鳥くんも全寮制だから少し寂しいけど、毎日のように電話やメールを送ってくれる。 どうやら飛鳥くんは学兄さんと同室になってしまったらしく、毎日うるさくて大変だと愚痴を言っていた。 俺には聞く事しか出来ないから相談に乗ってる。 三つ子だけど飛鳥くんは俺の弟だから少しお兄さんのように振る舞いたいんだ。 最近イライラするらしく、カルシウムに良いものを送ろうかと考えている。 ガタンゴトンと音を聞き電車に揺られながら飛鳥くんにカルシウムに良い食材のリクエストをメールで送る。 夕方の電車は混むが、今日は余裕で座れるほど空いている。 窓の景色を眺めていたら突然目の前に手が現れてパチンと手を合わせた。 「うわっ!?」 「はははっ!瑞樹驚きすぎ!」 目を丸くして視線を上に向けると、悪戯が成功した子供みたいな顔をした中学からの同級生がいた。 彼の名前は初瀬(はつせ)英次(えいじ)、中学一年の時から一緒にいて現在高校も同じだ。 英次は中学校にも広まった学兄さんが広めた噂を聞いていた。 しかし噂は他人から聞くんじゃなくて本人に直接聞かないと信じない性格で初対面の頃に俺に「瑞樹っていつも家で学をイジメてる性格悪い奴なの?」と直接俺に聞いてきた。 俺が違うと言ったら信じるのだろうかと不思議に思った。 学兄さんに散々裏切られてきたから、人を無条件で信じる事が出来なくなりもし嘘を付いていたらどうするのかと思った。 …でも、彼がどうするのか気になり「俺は、イジメは嫌いだ」と言った。 すると彼は目を輝かせて机から身を乗り出し「俺も同じ!」と笑った。 その俺には眩しすぎる笑顔は今でも忘れないだろう。 仲良くなってから英次になんであの時俺を信じたのか聞いたら「だって瑞樹、綺麗な目の色してたから嘘つくように見えなかったんだ!」と言った。 意味が分からないと笑ったが、英次は深く考えるのが苦手なんだなと理解した。 それから飛鳥くんとも知り合いになって、二人で俺を守ろうとしてくれたが俺も男のプライドがあり守られるのは嫌だと断った。 英次は不満そうだったが、飛鳥くんは俺の気持ちを理解してくれたのか英次を黙らせていた。 あの二人、協力するほど仲が良いのになんでいつも目が合うと喧嘩するのかよく分からない。 二人に聞いても教えてくれないし…大切な友人と弟だから仲良くしてほしいんだけどな。 「…脅かすなよ英次、スマホ落としたらどうすんだ?」 「へーきへーき!俺なんて見ろよコレ!」 英次が俺の前に自分のスマホの画面を見せた。 …その画面はバキバキに割れているがまだかろうじて動くらしい。 確か先週も部屋に置きっぱなしにしたスマホを踏んで割ってなかったか? 英次は本当に大雑把なんだから、少しは物を大切に… さんざん英次のおばさんに言われてるが全く直さないようだから俺も諦めている。 英次はドヤ顔をしていたが、威張るほどの事じゃないと呆れた。 「…そのスマホ、今年で何台目だ?」 「数えてねーよ、でも流石に母ちゃんにしばかれるかな?」 「………覚悟しとけよ、おばさん怒るとかなり怖い」 今度は俺が意地の悪い顔をすると、英次は顔面蒼白になった。 英次のお母さんは見た目温厚で優しいが怒る時温厚の顔のまま怒るから迫力が半端ない。 英次の家に遊びに行った時、おばさんが英次のテスト用紙を見つけて英次を引きずり何処かの部屋に行ったのを覚えている。 ……そして英次の叫び声を聞きながら英次の部屋で俺は震えていた。 これが普通の親なのだろう…愛のある説教。 俺は真剣に怒ってくれる大人が目の前にはいなかった。 お母さんは俺には何も聞かず学兄さんの話だけで説教もせず俺を殴る。 …それが、きっと普通の家庭なんだと思う。 だから…英次が羨ましかった、部屋の隅で泣くほど…暖かい家族に触れて…俺には永遠に手に入らないであろう暖かい手で撫でられたかったんだ。 「あー、どうすっかなぁー」 またなにか悪巧みをしてる英次を見ていたら、降りる駅のアナウンスが流れた。 ぞろぞろと駅に降りる人が見えて腰を上げた。 英次は俺の家の近所で同じ駅だから一緒に降りた。 駅前は賑わっていたのに住宅街は人気がほとんどなかった。 その静けさが何だか寂しくもあり、安心もする。 野良猫が足元を呑気に歩いていた、白い猫だ。 「あ、そうだ…瑞樹!これから家に来ないか?」 いつもの帰り道を歩いているとひらめいたように英次は俺を見た。 それは悪戯を思いついた子供のような笑みだった。 …高校生にもなって英次は出会った頃と変わらないな。 でもそんな英次は好きだったりする、本人に言うと調子に乗りそうだから言わないけど… 本当に俺なんかの言葉でどうしてそこまで舞い上がれるのか不思議だ。 英次は変わってるんだろうと思い一人で納得した。 「…英次、俺がいたっておばさんは怒るぞ?」 「ちっ、ちげーよ!瑞樹と遊びたいだけだし!」 半分は図星だったんだろ?自分では気付いていないのか目が泳いでる。 分かりやすい友人の顔に笑いが止まらない。 英次は俺の顔を見て頬を赤くして固まっていた。 これが俺と英次の平和で幸せな日常だった。 学兄さんもいない、クラスメイトにはイジメられる事もない。 これがずっとずっと俺が望んでいたものだ。 「本当英次は変わらないな」 「……瑞樹だって、昔と変わらず…綺麗だし」 「ん?…なに?」 「べっ、別に!ほら行こうぜ!」

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