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第109話

紅野さんとは一緒にバンドをやった仲ではあるが、その後俺が人間だと知り嫌われてそれっきりだった。 そういう事は出来ないと、俺も犬井さんに言うと犬井さんは考えていた。 そしてボソリと「君は僕に頼み事があるんじゃなかったっけ」と言った。 そうだ、俺は頼み事を聞いてもらう代わりに実験に協力したんだった。 内容を先に聞いていれば、覚悟が出来てたんだけどな。 犬井さんは「早い話、僕がやればいいんだけど…僕のちょっと小さいからイかせられないかもしれないんだ」とヘラヘラと笑いながら、紅野さんの下半身をマジマジと見ていた。 「見るな!俺はお前に頼み事なんてないから言う事を聞く義理はない」 「分かったよ、じゃあ紅葉ちゃんにお願いするから」 「…………貴様」 「頼み事がなくったって坊ちゃんの弱味はこの時のために沢山溜めてるんだよ」 「……陰湿オタクが」 紅野さんの弱味は弟の紅葉さんなのは、二人を見てきたら誰でも知っているだろう。 でも、紅葉さんも俺が人間だと知って怖がっていた…紅葉さんに頼んでも協力はしてくれないと思う。 だとしたらもっと別の弱味の話をしているのかもしれない。 紅野さんの弱味は紅葉さんしか知らない俺がいくら考えても分からない。 そして、恐ろしい顔をした紅野さんが俺を睨みながら目の前に立った。 えっ…まさか本当にする気なのか?俺は誰かとこういう事するのはお互い好きなのが前提で… 紅野さんは俺の体を地面に倒して、覆い被さってきた。 「面倒だ、そのまま入れていいか」 「ひぃぃ!!嫌だ嫌だ!!」 「可哀想だよ坊ちゃん、ちゃんと慣らして気持ちよくならないと精液が出ないって」 そう言いつつ、紅野さんは爆発のどさくさに紛れてフラスコを片手に持ってワクワクしていた。 俺は全力で抵抗して、暴れた…人間でも俺は非力ではない。 それが紅野さんのイライラゲージを上昇させたのか、片手を上げた。 殴られる!ととっさに顔を腕で隠して、少しでも痛みが緩和されるようにガードした。 しかしいくら待っても、痛みどころか何も衝撃が来なかった。 腕を下ろして、恐る恐る目の前を見ると紅野さんの後ろに誰かがいて振り上げた腕を掴んでいた。 「暴力はあかんよ?坊ちゃん」 「坊ちゃんはやめろ」 紅野さんは腕を乱暴に振り払って後ろを振り返ると、ニコニコ笑う鳳さんがいた。 犬井さんはというと、風紀委員室で鳳さんに強気で出ていた態度ではなく弱腰だった。 鳳さんが「ワンコ」と呼ぶと過剰に肩が跳ねてびっくりしていた。 俺はまだ全裸だったから、鳳さんが着ていたコートを頭から被せてくれた。 やっと暖かな温もりだと鳳さんにお礼を言ってコートを着た。 コートに全裸、本当の変態のようだ…いや…コートがあるだけマシだ。 「心配でワンコの部屋に行こうと思ったら外で気配を感じて来てみれば、みずっちゃんが強姦されそうになってるからびっくりしてん」 「誰が強姦だ!コイツに無理矢理命令されたから仕方なく!じゃなかったらこんな奴襲うか!!」 「あー、分かった分かった…分かったからその勃ってるもん鎮めとき」 「っ!?」 鳳さんに言われて紅野さんが慌てて俺から離れて、背中を向けていた。 鳳さんに引っ張られて立ち上がると、鳳さんに「ごめんなぁ」と謝られた。 いや、俺がイけなかったのが悪いんだし約束は約束だ。 鳳さんの登場ですっかり拗ねてしまった犬井さんのところに向かおうと歩き出した。 しかし、その前に鳳さんにより腕を掴まれて止められて鳳さんが犬井さんの前に立った。 犬井さんは小さな声で「…何でも協力してくれるって言ったのに」と言っていた。 「ワンコのお願いはみずっちゃんを強姦させる事なん?みずっちゃんは俺の大事な駒だから使い物にならなくしてほしくないんやけど」 「…違う、人間の精液が欲しかったのにソイツが不感症だから強硬手段に…」 鳳さんが俺の方を見て、目で「そうなん?」と聞いているようで俺は今まで不能だった事はないがイけなかった事は事実だ。 でも、契約の時はちゃんとイけた…犬井さんの手付きが悪いわけでもない…感じたから… 原因は分からない、櫻さんは物知りだから分かるだろうか。 何となく、櫻さんに話せば確実だと信頼があり明日聞いてみようと思った。 不能ですとも違うとも今の段階では分からないから「調べてみないと何とも言えないです」と曖昧に答えた。 犬井さんはどういう事だと納得していなかったが、鳳さんは納得していた。 「じゃあ原因が分かるまで保留な」 「はぁ!?なんで!?」 「だって原因が分からんのに無理はさせられんよ、協力は後払いでいいやん」 「話が違うだろ!!そんな事言うなら協力しないからな!」 「ええよ、貴重な貴重な人間のサンプルが手に入らなくてもええなら」 ニヤニヤと完全に鳳さんの手のひらで踊らされている犬井さんは悔しそうな顔をしながらも、鳳さんに従った。 後払いという事は作戦が終わってからまた実験をするのだろう。 犬井さんは「機械直してくる」と一言呟いて、夜の庭を歩いていった。 もしかしたらまたあの怖い機械でなにかされるのではないか? ビクビクと震えながら、一先ずは安心だとホッと胸を撫で下ろした。 後ろを向いていた紅野さんも帰ろうとしていたが、鳳さんに肩を掴まれて止められた。 「おい離せ」 「坊ちゃんはまだ話終わっとらんよ」 「お前と話す事なんてない」 「坊ちゃんにはなぁ、色仕掛けで姫の集団に潜入してほしいんよ」 「ふざけるな!誰がお前の言う事なんて聞くか!!」 「あれれ?ええの?王族のクレノ様が人間の男を強姦未遂って言いふらしても…大事な弟くんに聞かれるかもしれんなぁ」 わざと悲しげな声で紅野さんを煽っていて、唇を噛み締めていた。 風紀委員二人して弟をネタに脅されて紅野さんは鳳さんを睨んでいた。 紅野さんの返事を聞く前に鳳さんが勝手に「じゃ、明日からよろしくな〜」と紅野さんの背中をバシバシ叩いていた。 紅野さんは学兄さんのところに行くのか、親衛隊ではなかったと思うが大丈夫だろうか。 鳳さんは紅野さんを置いて俺を送ると、俺の腕を引いて歩き出した。 正直この格好で出歩きたくなかったから鳳さんには感謝している…たとえ鳳さんがそもそもの原因であっても… そういえば俺の携帯道具、爆発に巻き込まれてきっと無事ではないだろう。 もう遅い時間だし、玲音を起こすのは可哀想だが…このままでは部屋に入れない。 鳳さんを見ると、聞いた事がない曲の鼻歌を歌っていた。 「鳳さん、俺…携帯道具が壊れてまして」 「そうなん?ワンコがやったん?後で弁償させるからごめんなぁ」 「いえ…それで部屋に入れなくて…もう真夜中だし玲音を起こすのは悪いし」 「なら、この鍵渡しとくよ」 そう言って鳳さんは俺に部屋の鍵を渡してくれたが、まじまじと鍵を見つめた。 この寮の部屋の鍵は全て携帯道具をかざして入るものだと思っていたから鍵があるのは驚いた。 鳳さんは携帯道具を無くした時用に鍵もあるんだと説明してくれた。 なるほど、じゃあ寮長の帝さんに頼めば鍵を借りられるかも……いや、夜中だから寝てるか。 この鍵は鳳さんの部屋の鍵だろうか、鳳さんは「俺はちょっと用事があるから先に入っててな」と言って寮前まで連れて行ってもらい何処かに行ってしまった。 鍵に部屋番号が書いてあるから、その部屋に行けばいいよな。 あれ?でも確か鳳さんって魔法使いだったよな、でもこの部屋番号って確か吸血鬼の部屋のフロア内にあったような気がする。 魔法使いは吸血鬼のフロアに入れるが英次のような吸血鬼と同室じゃないかぎり吸血鬼のフロアに部屋はない筈…どういう事なんだ? 鳳さんの部屋ではないとしたら、いったい誰の部屋だろうか。 とりあえず行ってみないと分からないし、先行っててって事は後から鳳さんが来るんだよな。 だったらいいかなと思い、謎の部屋に向かうべく寮の中に入る。 エントランスはガラリとしていて、朝とは違い誰もいなかった。 ずらりと並んだ部屋の襖を見ながら探していると、目当ての部屋に到着した。 ネームプレートがなく、誰の部屋か本当に分からない 。 一応チャイムを鳴らしてドアを叩いてみるが反応がない。 誰もいないようで、鳳さんに借りた鍵を差し込み中に入った。 真っ暗で何も見えない、電気を付けようとスイッチを押すが反応がない。

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