6 / 110
第6話
「…可哀想に、こんなに震えて…怖くないよー」
あの耳障りな笑い声じゃなく、幼い子供に言うような優しい口調で話しかけられた。
恐る恐る目の前を見ると、赤い瞳が見えた。
でもさっきの男とは違う、赤い髪に何処かの学校の制服を着ていた。
首輪がより彼の存在を濃く印象つけている。
固まりいきなり現れた少年を見ると少年は俺の耳を触りながら囁いた。
くすぐったかったが、それより少年の向こう側を見ると大量の血が壁と地面に広がっていた。
英次のじゃない、じゃあ…いったいだれの?
周りを見ても英次を襲った奴は何処にもいなかった。
「可哀想に、俺が慰めてあげようか?ベッドの上で可愛がってあげる」
「そうだ、英次がっ!!」
なんか言ってたが、俺は英次が気になり少年の肩を掴み離れかせて英次に駆け寄る。
胸に耳を当てるとトクトクと音が聞こえてまだ心臓は動いていた。
英次はまだ死んではいない…救急車を呼べばまだ間に合う!
ホッとするのはまだ早い、救急車を呼ぼうとカバンからスマホを取ると何故かそれを少年に取られた。
驚いて目の前の少年を見ると不機嫌そうな顔をしていた。
彼は、何者なんだ…何故こんな事をするんだ?
「…そんなのほっといても誰も困らないよ」
「何言ってんだ!!英次がいなきゃ…俺が困るし家族だって困るし、友達だって」
「あー、うるさいお口だねぇお姫様」
「なにっ…んぅっ!?」
突然唇に熱く柔らかいものが押し当てられた。
何をされたか一瞬分からず、気付いた時には唇は離されていた。
意味が分からず呆然と少年を見ていると「あー、大人しくなった」と満足気な声が聞こえた。
少年はペロッとゆっくりと妖艶に唇を舐めた。
…少年は外国人なのか?じゃないと男同士でキスをする意味が分からない。
冗談なのか?こんな時に?全く笑えないぞ。
いや、そんな事を考えてる暇はない…早く英次を病院に…
「きっ、救急車…」
「…!………必要ないよ、そんなもの」
少年はなにかをひらめいた顔をしたと思ったら突然英次の腹を踏んだ。
激しい激痛が全身を痺れさせて英次は呻き声を上げた。
俺は少年を睨んで足を退かせようと掴んだ。
しかしびくともしない、自分より小柄なのに力が上なんて悔しい。
グッグッと踏み続けるから英次の顔が歪む。
英次は生死に関わる大怪我なんだ、そんな事をしたら…
傷口が開き大量の血が溢れてきて息も途切れ途切れになる。
「何してるんだ!」
「…あぁっ、姫が俺の足を掴んでいる…それだけでイけそう」
なんか興奮しているが、この男変態なのか?
それなら怪我人じゃなく俺にしろ!と言うと少年は「姫に踏んでほしいんです、踏めませんよ」と笑って言われた。
俺と英次の違いが分からない、それに姫ってなんだよ…何の事だよ。
少年は何かに耐えながら英次の髪を掴んだ。
まだ英次にするつもりかと少年の腕を掴んだ。
無駄だと分かっていても英次を離して抵抗する。
少年は俺の力なんて気にもとめず口を開いた。
「…コイツはムカつくが、利用価値はありそうだ」
「………なに?」
「俺の言う事聞くなら一瞬で助けてあげますよ、この男を」
それが本当か分からなかったがもう救急車を呼ぶ時間はなさそうだからこの男に賭けるしかない。
しかし、一瞬で助けるとか…魔法じゃあるまいし可能なのか?
僅かな希望にすがり俺は英次が助かるならと必死に頷いた。
俺はどうなっても構わないから、英次だけは助けてくれ。
少年は自分で言ったのに微妙な顔をして英次から手を離した。
英次を受け止めようとしたら少年に腕を引かれ止められる。
支えるものがなくなり英次は地面に倒れた。
「お利口さんのお姫様は大好きですよ」
少年は俺にウインクして英次の方を冷めた瞳で見ていた。
そして制服の内ポケットからなにか黒い液体が入った小瓶を出した。
明らかに怪しいもので体にとても悪そうだ。
それで英次を助けるのか?殺すとか言わないよな?
不安げに少年を見ると英次の近くにしゃがみ髪を掴んだ。
地面に落ちた衝撃で死んだりしてないよな?
「だ、大丈夫だよな」
「そりゃあね、人間には劇薬だけど」
「はぁ!?そんなの英次に飲ませたら…!!」
「大丈夫ですよ、この男なら…」
何を根拠に言ってるのか分からないが、俺が止めるよりも早く小瓶の蓋を開けて英次の口を指で無理矢理こじ開けて劇薬を飲ませた。
これしか飲ます方法はないだろうが、英次への態度が悪すぎると思うのは俺だけか?
英次はどう見ても人間なのにこの男から英次はどんな風に見えているんだ?
少年は立ち上がり空になった瓶を制服の内ポケットに戻し英次を見下ろす。
相当苦いのか、英次は苦しみ暴れて動かなくなった。
英次が死ぬ恐怖で全身の血の気が引き英次に駆け寄る。
「英治ーーー!!!!!」
「あまりの苦さに気絶しただけですよ、証拠に背中の傷を見れば分かります」
言われるままに英次を少しずらし、背中を確認すると切られてる制服から見える肌は綺麗なほど傷一つなかった。
切られたわけじゃない?…いや、そんな筈はない…制服が赤黒いシミを作ってるのがその証拠だ。
傷口が塞がったというよりそれはなかったかのように消えたようだった。
本当に彼の言う通り一瞬で英次を助けたのか?
英次が目を覚まさないと何とも言えないが一先ずホッとした。
肌に触れる、冷たさはない暖かい…生きている温もりだ。
「……これはいったい」
「そんな事より、言う事…聞いてくれますよね?」
俺が不思議そうに何度も背中を見てると、少年は俺の首に腕を回して抱きしめてきた。
驚いてビクッと過剰に反応すると耳元でクスクス笑われる。
…そういえばそんな事を言ってたな…英次の事しか頭になくて何も考えてなかった。
英次を治してくれた、俺も約束を守らなきゃな。
無茶なお願い以外なら構わない、金が掛からないならいいが…
俺が後ろを振り返ると楽しそうに笑っていた。
「……俺が出来る事限定だけど、いいか?」
「勿論!むしろ貴方以外には頼めない………頭がイカれたのかあの理事長はドブ鼠なんて入学させやがって」
最後はなんか聞こえないほど小声でぶつぶつ何かを言ってた。
俺が首を傾げると少年はうーんうーんと悩んでいた。
何をやらされるのか全然想像出来ない、もしかして危ない事?
早くしてくれ、いやにドキドキしてしまう。
あーでもないこーでもないブツブツ言っていた。
傷はなくなったが英次は大丈夫かと気にしつつ待つ。
「どうしよっかなぁ…姫を好きに出来るならこんなチャンス滅多にないし」
「……その姫とかいうの止めてくれないか?俺はどう見ても男だ」
「それは知ってますよ、でも…姫の証がココに」
ずっと抱きしめていた英次を地面に転がされた。
まだ治ったのか分からないのに乱暴するなと少年を睨もうとしたら、いきなりぐいっと膝を掴まれ両足を全開に開かれた。
びっくりして固まるとするっとふとももを撫でられた。
ピクッと変な頭の先までかけ上がる感じがした。
人差し指で触れられ足を閉じようとしたががっちり掴まれていて動けない。
自分の声とは思えないほどの甘い声を出す。
「…っあ」
「………」
少年は無言で俺の下半身を見つめていて居たたまれない。
…やっぱりこの男は変態なのか、男のを触ったって楽しくないだろう。
何を考えてるか分からずさっきとは別の意味で怖くなり怯える。
少年はうっとりしたような瞳で舌舐めずりをしていた。
なんか目がぎらついていて、まるで肉食獣に睨まれているようだ。
離せと少し強く訴えるが全く聞いてくれない。
「うーん、やっぱりちょっと味見くらい許してくれるよね」
「ニャー」
鼻息荒くする少年を引きつった顔で拒絶していると、猫の声がした。
野良猫かと思っていたら、少年はバツの悪そうな顔をして後ろを振り返った。
後ろの木の枝に白猫がくつろいでいるのが見えた。
白猫は地面にジャンプして綺麗に着地した。
着地した衝撃で首輪に付いている赤い宝石が揺れていた。
…裕福な家の子が迷子になったのだろうか。
「なんですかー、見張らなくてもちゃんとしますよ…それとも、さっきキスしたから怒ってるんですか?」
彼は猫相手になんで会話をしてるのか不思議だったが、猫はまるで人間の言葉が分かるように少年に向かってシャーと怒っていた。
少年はやれやれと言った感じで立ち上がった。
そして地面に置いてあった黒いカバンを拾った。
いつの間にあんなのが…もしかして彼の私物か?
黒いカバンから出てきたのはあの黒い封筒だった。
彼が何者かますます分からなくなっていった。
その封筒を俺に差し出して、恐る恐る受け取る。
「貴方をクロス学院に招待致しましょう、我らが姫君」
「…招待って、招待される覚えはない」
もういちいち言い返すのも面倒になり姫とか言うのは無視しよう。
俺はクロス学院の入試にも行ってないし招待される覚えはない。
兄弟達になにかあったのかと思ったが、今日連絡した時は普通だった。
俺が行く意味が分からないし、彼は話す気はなさそうだ。
それにこの封筒は英次と飛鳥くんに送られたものだ。
気になって中身を確認したらやはり入学案内の用紙だった。
ともだちにシェアしよう!