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桐生×皐月 二 ※寝て醒め 皐月視点

 バーで出会った桐生楓(きりゅう かえで)という男とは、基本的にセックスしかしない。  それでも、泥にまみれきった心は満ち足りた潤いを覚え、薄氷を踏むような生活に清算を終えた気分になった。  愛してるとも好きだとも言われず、口寂しさに求められる。早朝に目が覚めると、風船から空気がぬけるようにいつの間にか部屋にいない。冷えた床に足を伸ばし、ひっそりと静まり返った寝室から必需品だけ持って逃げるように帰る。   そのときは、愛の囁きに裏切られ続けた自分にとって、好都合に事が運んでいると思っていた。嘘もつかず、朴訥(ぼくとつ)で、あまり笑わない。むかしの男とは違う正反対の官能的な心地良さに身を包まれ、深い憂いに沈む必要などない。  会話はする。たまにだが、家で簡単に食事を終えて、退屈そうに映画を眺めて物静かな(よい)を過ごす。  それで十分だった。八年の歪んだ結果がそうさせた。 「桐生、こっちみろよ」  濃い鳶色(とびいろ)の革ソファに腰掛けている桐生に身体を預けて顔を見上げた。活字の世界に浸って、小説を読んでいた桐生は、(かざ)した携帯へと不機嫌な視線を送る。背後には窓一面に宝石箱をひっくり返して、光彩を放ったように灰色の空へ輝きを落としている。 「なんだよ、皐月?」  二つ歳下のくせに、生意気に名前を頭上から呼ぶ声に口許が緩んでしまう。偉そうに聞こえるが、すこし声に甘さを含んでいるような気もしたが、多分気のせいだ。 「写真、ほら」  お互いの視線が一点に止まり、すぐにシャッター音を切る。左頬が桐生の肩に当たって、胸の奥にかすかな緊張が生まれてしまう。 「珍しいな」 「え?」 「写真、嫌だと思ってた」  それはこっちのセリフだ。思い上がってはいけない。身体だけの関係に甘んじて、そばにいる奴の写真なんて残してはいけない。 「嫌じゃないよ。好きだし、ほらメールで送ったからあとで確認しろよ」  好きという言葉に、また、しまったとしくじりを感じる。しまった。重かったか。年上である自分はその気持ちの重さを天秤にかけて、軽くみせていたのに全ての能書きが台無しだ。  桐生には年上の余裕と対等さを真っ当に、かつ慎重に接するように心がけてる。そうでもしないと古い記憶の中からぼんやりとあの男の姿が蘇りそうだった。 「皐月、ありがとう」  額に口づけされ、辿るように唇を浅く咬まれる。ソファへそのまま押し倒され、髪にもキスを落として肌にも触れていく。  切れ長の瞳に淡い情炎が奥へ宿るのがみえた。このまま朝まで抱かれて、いつか思い出したように呼び出されるんだろう。 「……ん、べつに、なにも」  我ながら名演技なぐらい明るく微笑んで、桐生の首に腕を絡みつかせる。言葉少なげで、強面の顔と触れる指先がちっとも似合わず、無性に可愛い。桐生は嘘をつかず、仕事だけだ。女の姿なんてちらつかない。 「写真、嬉しい。ありがとう」 「……ほんとかよ」  お互い笑って、重ねた唇を深くした。

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