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◇
男同士で手、握って、至近距離で、何してんだと思うけれど。
視線を逸らせず。
周りは酔っ払いばかりで、誰も見ていない。
織田も絶対酔っぱらってるだろうし、まあ、いいか、と思って、そのまま続きの言葉を待っていると。
「――――……高瀬が我慢してたから、家族は保てたって事だろ? 表面上はって言ってたけど……どっちも別の人とは別れて、家族でいる事選んだんだから、親の事はそれでいいんじゃない?……ってそんな簡単じゃないかも、知れないけどさ……」
「――――……」
「やっぱり、結婚を続けるかどうかは、親同士の人生だしさ。家族を選んで、今も続いてるなら、もうそこは……それでいいんじゃないかな……。
――――……ていうか、そっちじゃなくてさー……」
織田は、ふ、と笑って。
掴んでたオレの手を、さらにぎゅ、と握った。
「……よく我慢したよな、親、責めずにさ。絶対、嬉しい事ではないじゃん、そんなの。高瀬が我慢したから、お父さんとお母さんにも、戻るっていう選択肢があったんだろうしさ」
「――――……」
そんな風に言われて。
目の前の、まっすぐな瞳を、ただ、見つめ返す。
「我慢……?」
「――――……気づいたのが高瀬だけって言ってたから…… 誰にも言わずに我慢してたって事でしょ? 責めなかったんでしょ?」
「――――……」
――――……そんな風に、思った事は、なかった。
どっちの親にも心底諦めて、もう、何も言わなかった、だけ。
そう思ってた。
……我慢――――……してたのか。
戻ってほしくて、黙ってたのか……?
そう言われたら――――……。
そうなんだろう、か。
色々どうでもよくなって、モデルも受けたし、金も入ったから、遊んだ。
色んな女と付き合ったのも、その頃。あまり家に帰らず遊んでいた。
「――――……高瀬は、昔から強いんだな。優しいし」
「……別に、オレは……何もしてない」
……別にオレは、強かったわけでもない。
ただ腹を立てて。……何もできずに、ただ、遊びまわってた。
遊びまわっていたけれど、楽しかった訳ではなくて。
満たされないものがあるのは分かっていたけれど、それが家族の何かだなんて、思うのも嫌で。色んな感情を無視し続けた。
……逃げてただけ、だったのかもしれない。
「何もしてないなんて、きっと、そんな事ないと思うよ」
「――――……」
「……辛い事もあったから、高瀬って、今すっごく優しいんだろーな……」
にこ、と微笑まれて。
返す言葉を、失う。
……ほんとに、なんだろ、こいつ。
何なら、人生で初めて人に話せた、自分の中でも暗かった部分。
それに対して返してくる言葉が、そんなんで。
相も変わらず、きらきらした目で見つめてくる。
オレは……そんなんじゃない、のに。
――――……そんな良いもんでは、ないのに。
あの頃のオレは、ただ荒れてただけ。
……その後だって、割り切れずに、ずっと来て。
――――……結婚なんかしたくない、と、思い続けてきただけ。
そんな、優しさとか、強さとか……。
絶対、そんなんじゃなかった。
けれど。
――――……そう言って、笑ってくれる織田の言葉に。
なんだか、すごく、楽になった、というのか。
「――――……織田……」
なんと返すべきか分からないでいると、握っていた手を離された。
「でも当時は子供だしさ……相当嫌だったろうなー……と思うから……うーん……」
首を傾げて考えていた織田は、あ、と思いついたように、にっこり笑った。
「高校生の頃の高瀬のかわりに、今の高瀬を、イイコイイコしてあげよう」
「……は?」
これは絶対酔っぱらってるが故のセリフだな……。
織田は、にこにこしながら立膝で立ちあがり。
イイコイイコ~、なんて言いながら、オレの頭を撫でてきた。
「……っ……」
頭をくしゃくしゃにされた数秒後、立膝で背伸びをしてオレを撫でようとする、おかしな体勢を自分で支えられずに、織田はふらついて、どさっとオレの上に降ってきた。
咄嗟に支えると、何を思ったのか、そのまま、ぎゅーと抱き付いてきた。
「えっ、織田、倒れた?」
「高瀬、大丈夫?」
「なになに、織田、酔っぱらっちゃったの?」
「さっきから顔やばかっもんなー」
さすがに周りが気づいて、あれやこれやと、声をかけてくる。
そんな中。
「――――……高瀬、イイコ……」
耳元で、寝ぼけてるみたいな声で、囁かれる。
「……っ」
不意に、どく、と鼓動が跳ね上がった。
どっどっ、と、音を立てて。
それは、急な、衝撃で。
自分でも驚いた。
「ありゃりゃー、織田、起き上がれないの?」
「おわー、この酔っぱらいはー……」
どんどん皆が気づいてきて、一気に騒がしくなる。
「高瀬、大丈夫か? とりあえず起こそっか」
1人が、織田の腕を掴み、ぐい、と引こうとした。
「……あ、大丈夫、だ」
引き離されそうになったのを、オレは咄嗟に遮った。
一瞬不思議そうな顔をされて、内心焦る。
「すげえ足ふらついてたから、しばらくこのままで我慢する」
咄嗟についた嘘。
「高瀬君、やさしい~」
女子の声が飛んでくる。
苦笑いしつつ。
織田の体勢を少し変えさせて、自分に寄りかからせるような形で支え直す。すぐ下で、目を擦ってる姿を、見下ろす。
「……なんかさー、たかせさー……」
「……ん?」
「いまさー、我慢て言った?」
「ん? ……ああ、 我慢…… いや。言ってないよ」
本気で言ったわけじゃないし。
ふ、と笑ってそう言って返すと。
「オレのこと我慢するってさー、いわなかった?」
「……空耳じゃないか?」
クスクス笑って、あくまでそう返すと。
「……そっかー……じゃあ……いいけどさー……」
織田も少し笑ってる。
……細いな……体。
でも、女の子のそれとは違う。 柔らかい訳では、ない。
――――……けれど。
なぜだか。
「……織田、何か、香水つけてる?」
「……んー……? ……つけてないよ……」
なんとなく、いい匂い、すんだけど。
――――……もっと、近づいてみたい位。
なぜだか、このまま、抱きしめてしまいたいという気持ちが湧き上がる。
「……高瀬はつけてるでしょ…… いつも良い匂いするもんなー」
「――――……」
「何、つけてんのか、今度教えて……」
「今度?」
「今名前聞いても、忘れそう……」
クスクス笑う、眠そうな、その顔に。
どんどん収集がつかなくなっていく、色々な、気持ち。
「……織田」
「……う、ん……? なに?」
「……お前酔っぱらってるし」
「……うん ……?」
「……オレんち、来る? こっから近い」
「――――……え? ……いいの?」
オレの提案にしばらく固まった後。織田は急に、ぱち、と目を開けて。
下からまっすぐ見つめてくる。
「そんな大勢で来られたくねーから、他の奴には内緒。 ……できる?」
「……できる……」
「……立てるようになったら、抜けようぜ」
「……うん。ありがと」
嬉しそうに、素直に笑む唇。
――――……真下にあって、近すぎるからか……。
不意に、ものすごく、意識して。
キスしたい衝動に駆られるけれど、何とか抑える。
――――…… 初めて、家に誘ったのは、そんな夜だった。
いつでも、キラキラした瞳でオレを見つめ続けてくる織田を。
……なんだかもっと、特別に、知りたくなってしまったから。
ただの同僚以上に、関係を持ちたいと、思った、から。
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