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◇絵奈ちゃん*圭 2
高瀬の妹か。
……どうするのが一番いいんだろう。と思いながら。
「高瀬、今残業してて、もうしばらくかなと思うんだけど……」
「そしたら、一緒に待たせてもらっていいですか? 今からお兄ちゃんに電話するので。とりあえず開けてください」
そう言われて。
開けるしかなくて、エントランスを開けてしまった。
えーと。
……どうしよう? 高瀬に電話した方がいいかな……って、今、彼女が電話するって言ってたな……。
電話をかける事もできず、もうすぐ上につくと思うので、とりあえず玄関で待つ。ドアのチャイムが鳴って、なんだかおそるおそる、ドアを開けた。
「こんばんわー。 ごめんなさい、お兄ちゃん、電話出なくて」
「あ、出ない?」
そういえばさっきも仕事終わってからとか言ってたっけ。敢えて出てないのかも…。
「えっと――――……高瀬の同期で、織田、です」
「織田さん? 私、絵奈です」
にこ、と笑う。
うん、思ってた通り、可愛い子だな。
まさか、こんなに早く、しかも高瀬の居ない所で、自己紹介する事になるとは、思わなかったけど……。
絵奈ちゃんは靴を脱いで上がると、スマホをリビングのテーブルに置いて、カバンを部屋の隅のポールにかけてから、洗面所に手を洗いに行った。慣れてる動きなので、まあ、よく来るのかな、とは思った。
どうしようかな。高瀬に、電話した方がいいよな……。
高瀬、今忙しいのか、それとも、さっきみたいにわざと出ないで後回しにしたのか……。
「織田さんは、何で1人でここに居るんですか?」
戻ってきた絵奈ちゃんから、素朴な疑問。
……そうだよね。うん。
変にならないように、答えないと……。
て、まさか兄が男とそうなってるなんて、思わないだろうから、そんなに考えなくてもいいのかな、とも思うのだけれど。
やっぱりバレたくない事があると、少し、緊張する。
「もともと泊る約束してたら、急に高瀬が残業になっちゃって。で、先に帰ってて良いよって事になって」
「――――……お兄ちゃんが、人を勝手に部屋に入れとくって……」
「え?」
「……そんな事絶対しない人だと思ってました」
絵奈ちゃんが、すごく不思議そうに、オレを見つめてくる。
「織田さん、すごい仲良しなんですね。同期って言ってましたよね?」
「うん、同期。今一緒のチームだよ」
「すごい不思議……」
「……? 不思議って?」
「だって、お兄ちゃんて潔癖だから。まず他人を家に呼ばないっていうか……」
「え。そうなの?」
「彼女だって、家には入れてない人も居るんじゃないかなあ…… ていうか、入れた人、居るのかなあ……て感じですよ」
あはは、と笑う絵奈ちゃん。
明るい茶色の、長い髪。
大きな目。肌白い。口紅が艶っぽい。
ほんと、可愛い子だなあ。
この子も、相当目立つタイプ……。美形兄妹だな。
「織田さんは、勝手に中に入ってて良いって言われたんですよね?」
「……まあ、そう……」
「それって相当だと思います」
言いながら、スマホをいじってた絵奈ちゃんは、耳にスマホを押し当てて、しばし待機。 やっぱり出ないなあ……と呟いて、少しして、スマホをテーブルに置き直した。
「残業中だから出れないのかな……」
どうだろ。
……オレ達の仕事は、打ち合わせ中でもない限り、割と普段は電話は出られるけど……今一緒に居るのは渡先輩だし、絶対無理って事もないと思うんだけどな。
「ちょっとオレも、かけてみるね」
電話を鳴らして。
数秒。
『もしもし?』
あ。出た。やっぱり後回しにしてたんだな……。
『どした?』
高瀬の優しい声が、こんな時なのに、嬉しい。
「あ、高瀬、あの……」
『ん?』
「あ、出ました?」
絵奈ちゃんがくりくりした瞳をこちらに向けて、「かわってもらえますか?」と言ってる。断る理由が見つからず、はい、と電話を渡した。
「お兄ちゃん? あたしー」
『――――………は?』
スマホ壊れたかなと思うような長い沈黙の後、漏れ聞こえてきた高瀬の一言。
「今、織田さんと一緒に、お兄ちゃんの部屋に居るよー」
『……ちょっ、と、待て。織田にかわって』
「織田さんにかわってって」
えーと。
……何を言うべきなのか、よく分からない。
「もしもし?」
『……絵奈が訪ねてきたって事、だよな? さっきの電話それか……』
「――――……」
『……ごめんな、織田。 帰るまで、適当に相手しといてくれる?』
「うん。大丈夫だよ」
『……ごめんな。 ……絵奈にかわってくれる?』
「ん、待って」
また絵奈ちゃんに電話を戻す。
「はいはい?」
『なるべく急いで帰るから、織田に迷惑かけるなよ』
「かけてないよー」
『……つか、絵奈、いますぐ帰ってもいいけど。今日は織田が来てるんだし』
「久しぶりにきた妹に、そんな冷たい事言うー?ひどいー!」
『――――……もういいや。忙しいから、じゃあな』
すぐ近くにいるので、高瀬の声も全部聞こえる。
疲れた感じで切られた電話がちょっと面白くて、ぷ、と笑ってしまうと。
「電話、ありがとうございます」
電話を返されて、うん、と頷く。
「なんで織田さんがかけるとすぐ出たのかな。 私さっきからずーっとかけてたのに」
「――――……タイミング、じゃないかな」
多分今頃、高瀬、ため息ついてそうな気がする。
その顔を浮かべて、苦笑いしてしまう。
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