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第4話 楽園

 きょろきょろてくてく歩いていると、ボカッ、と音がして、奈斗のツノが誰かにぶつかった。 「痛……っ、すみませ……!」 「お、悪い。あんた新人か?」 「え? はあ、まあ……」  見上げると、ツノの生えた、やけに体格のいい男がいた。ブルネットをハーフアップにして、眸にはカラコンでも仕込んであるのか、アイスグレーだった。 「ここは初めて?」 「はい」 「そうか。んじゃ、俺とカップリングできるか試してみないか?」  誘われているのだとわかったのは、ブルネットのトナカイが、コテージの奥を指したからだ。この世界──という表現で合っているのかわからないが──にも同性愛者はいるのだろうか、と思った。奈斗が、スペックのわりには童貞で、都会に出てきたのには理由があった。  だが、奈斗は嫌な予感がして、断った。 「いや。いいです」 「嫌? 良い? どっちだ」 「嫌です。あんまり興味ないんで」 「そんなんだから、奴隷根性だって笑われるんだぞ。いいから、ちょっとそっちの隅へ移動しろ」  ブルネットのトナカイは、言うと片手を振って、奈斗をコテージの隅へと追いやった。ちょうど椰子の木が生えていて、外からも中からも影になるその場所へ追い込まれた奈斗は、周囲を見回したが、逃げられる隙間はなかった。どころか、ブルネットのトナカイが、奈斗の左手を取ろうとするので、怖くなって拒絶する。 「あの、嫌ですって言いましたよね、俺」 「俺も嫌なんだ。こんなところは正直、早いところ出たい。でもパートナーが見つからないと出られない仕組みなんだよ。ぶっちゃけ、もう遊ぶのには飽きた。来年から俺は、働く」 「はあ……?」 「あんた、新入りなら知らないだろうが、ここに一度でも登録すると、トナカイ派遣協会のブラックリストに載るんだ。それで、嫌がったサンタからは仕事の発注を止められる。トナカイになりたがる奴なんて、いつの時代も腐る程いるからな」 「俺は、別になりたくてなったんじゃ……」 「みんな最初はそう言う。だが、本当にそうか? お前の人生の歯車の数を決めたのは、お前じゃないかもしれない。だが、決断を下したのはお前なはずだ。よく考えてみろ」 「……」 「で、考えたら、俺とカップリングテストをしてくれ」 「嫌です」 「何でだよ。教えてやったんだぞ? 礼ぐらいくれてもいいだろうが」 「名前も知らない相手に一方的に言われても困ります。それに、俺はきたくてきたんじゃ」 「最初は誰もそう言う。じゃ、こうしないか。コインが表だったら、俺とカップリングテストをする。裏だったら、俺がお前に名前を教え、お前の質問にも答える。知りたいことがあるだろ? 教えてやるよ」  そういうことなら、とコインを投げる間、奈斗は男の手を見ていた。  節くれだった、大きな手だ。左手の中指に、プラチナの指輪をしている。 「裏だ。残念。俺はクリス。お前は?」 「ユーザー名ですか? ナットです。質問に答えてくれるんですよね?」 「何でもどうぞ」 「ここはどこですか?」 「そこからか……」 「俺は……、会社のロッカールームにいたはずなんです」 「お前、携帯端末にアプリとかダウンロードとかしなかったか? それをタップしてここにきてるはずだぞ?」 「ああ。はい。確かに。間違って指が滑りました」 「滑ったのかよ」 「で、ここは?」 「見りゃわかるだろ。南の島。楽園さ」

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