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第5話 トナカイのツノ
クリスに奢られて、コテージの中にあるバーへと入った奈斗は、酒を飲む気分でもなくて、ジンジャーエールを頼んだ。
「人が奢ってやるって言ってるのに、何でソフトドリンクなんだよ……」
「あなたが信用おける人物かどうか、判断しかねるので」
「媚薬なんて入れるかよ。まどろっこしい。ここで襲うぞ」
「どうぞ。ところであなたのツノ、立派ですね」
奈斗は世間話のつもりで話題を振ったが、クリスは真っ赤になった。
グラスをステアしていたバーテンのトナカイが手を滑らせてマドラーを落とし、背後では咳払いが二、三回、ひとりが飲み物を吹き出して、むせた。
「……ばか!」
「え?」
「男のツノを褒めるのは、アレが大きいと言うことと同じ意味なんだよ!」
「えっ……!」
「お前……っ、本っ当に何も知らないんだな……!」
「あ、その……、すみません」
「いいけど、別に。褒められて見劣りするようなモノは持っちゃいないしな。だけど、他の奴に対してツノがどうとか言うなよ? セクハラでペナルティが付いたら嫌だろ?」
「はい……」
しょげると、ツノがやけに重く感じられた。知らなかったとはいえ、周囲の空気を悪くしてしまったのは事実だ。逃げたくなった奈斗は、クリスにせがんだ。
「あの、よければ人目のあまりないところに……」
「部屋にくるか?」
「それでいいです」
「素直だな」
「もう失敗とかしたくないんで」
「俺の部屋は二階の南の端だ。バルコニーから海が見えるから、何かされても叫んで飛び降りれば、下は砂浜だから怪我もしないだろう。他に質問は?」
「カップリングテストって何ですか?」
「あー……、ま、簡単に言えば、一発ヤろうぜの隠語だな」
「は?」
「前戯するんだ。互いに気に入ったら、な」
「それ……セクハラにならないんですか?」
「ここじゃ、挨拶みたいなもんだよ。嗜好の合いそうにない奴には声をかけられない仕組みになってる。説明されなかったのか?」
聞くと、同性愛者は左手の中指に指輪。異性愛者は右手の中指に指輪。さらに、トップ、つまり上になる方はプラチナの指輪。下になる方はゴールドの指輪と決まっているらしい。
「この符丁を知らない奴はモグリだと思われても仕方ないぞ」
「なるほど……、あ、でも」
「ん?」
「どうしてわかったんでしょう? 俺、ユーザーデータ入力時に、何も聞かれませんでしたけど」
「ユーザーデータは現世に帰るための錨みたいなもんだ。ニックネーム以外のアイテムは、ここにくると自動的に付与される。「神」が間違うことはないんだろ」
「なるほど……。詳しいですね、クリスは」
「敬語をやめてくれたら、もっと色々おしえてやる」
「わかった。じゃ、上にいく?」
「お前、いい根性してるよ」
奈斗が誘うと、クリスは苦笑して席を立った。
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