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第8話 流れ星の正体
クリスに誘われ、バルコニーへ出る。風が吹き抜けるせいで、今までかいていた汗が引いていくのが心地いい。
「上だ。見えるか?」
見上げると、半球の天井部分は群青色をしており、昼だというのに星が散っていた。星々の間を長く尾を引く流れ星のようなものが、時々、スウッと消えていくのが見える。
「あれがサンタのソリを引くトナカイが、首にしている、ベルの光だ」
「あれが?」
「あいつらはイヴデモに参加しない、働きトナカイだ。働くことに何の疑問も持たず、夜になると、記憶に残らない夢の中で、ああして燃え尽きる寸前まで働いている。デモに参加したいと考えるトナカイは、ここへ招待されるが、ここにいないトナカイたちは、デモがあることすら知らない奴がほとんどだ。ナットも働きたくないと考えなかったか?」
「それは、まあ……。じゃ、一度イヴデモに参加したトナカイの方が、夜は安眠できるってこと? なら、みんなまとめて招待すればいいんじゃ……」
「そんなことをしたら、トナカイ労働組合からクレームが入る」
「クレーム? なんで? デモは労組が仕切ってるんじゃないのか?」
「イヴデモは古参と呼ばれる九名のトナカイが仕切ってる。一種のアンタッチャブルなのさ。トナカイ労組ができたのは、ここ百年ぐらいのことで、サンタとの交渉を一手に引き受けて、毎年、クリスマスプレゼントの配り残しがないよう、トナカイが過労死しないよう、ギリギリのラインで交渉を続けている。それに、みんな招待しちまったら、労働したいトナカイはどうする? プレゼントは誰が配る? ソリを引くのは? 金を積んで、トナカイ派遣協会に未登録の闇トナカイを使うのか? 難しいんだ、その辺の塩梅が」
「なるほど……。働きたいトナカイもいるのか」
「かと思えば、俺みたいに年中遊んでる奴もいるけどな」
「なるほど」
「それに、クリスマスプレゼントを配る仕事自体がポシャッたら、泣くのは俺たちじゃなく、プレゼントを待っている子どもたちだ」
「何か、イヴデモが悪の組織に思えてきた……」
「ま、イヴデモが軋轢の上にあることは間違いないな」
「イヴデモって、何を求めてデモしてるんだ?」
「八時間労働につき休憩一時間、最低賃金補償、社食完備、定時退社、残業代全額支払い、……そんなところだ」
「どんだけブラックなんだよ。今のトナカイ業界……」
「夢を追って走ってるはずの奴が、死んだ目をして弱ってくのを、放っておけないだろ。トナカイ全員で労働すれば、労働時間は短縮可能かもしれないが、主義主張がそれぞれにあって、上手くまとまらないんだ。効率重視って名で有能な奴を絞れるだけ絞って、働き蟻みたいに使い捨てにするサンタクロースも、中にはいるからな」
「トナカイも大変なんだな……、って俺もか」
「ナットはもう、働かなくていいんだ。ま、せっかく招待されたんだ。満喫しようぜ」
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