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第10話 宿無し無一文

「ナットさん、いらっしゃいませー! ここには慣れた? ぼくに何かご用かな?」  目の中にハートが飛ぶ勢いで、赤鼻のトナカイのルドルフはぴょこんと跳ねた。彼はずっとユーザーデータ登録所らしき石碑の前から動かないようで、肌は健康的に日焼けしている。 「ルドルフ。ナットにコテージの部屋を紹介してやってくれ」  クリスが言うと、パッと顔が輝いた。仕事に誇りを持っている顔だ、とわかる。 「お安いご用〜! ……と言いたいところだけど、無理」 「え?」 「何でだ? 何か規約に引っかかってるのか?」 「ううん。見ればわかるけど、一文無しだから」 「えっ」 「はぁ?」 「うん。一文無し!」  ルドルフは、言うなり銀髪の巻き毛をフワンフワンさせ、鼻をこすった。 「正確には、ユーザー登録したものの、登録料取ったら、ギリギリ文無しになっちゃった」  てへ、と星マークでも飛びそうな表情で言われる。  登録料がかかるなら、入り口で引き返しておけばよかった……、と後悔したのも束の間だった。しばらく考えていたクリスが、おもむろに奈斗のメニューを押した。ポヨン、と変な音がして、奈斗は自分のメニューが出るのが裏から見えた。ちなみに、メニューを押すには互いの眉間を軽く突つく必要があるようで、ちょっと触れられたところに、体温が残る。 「なんで文無しがこんな……? ま、いいや。俺が貸してやるから、ちょっと送金させろ」 「えっ」 「お前、どこかに部屋が欲しいんだろ? 俺は別に金に困ってないから、無利子で貸してやる。今度逢った時にでもかえしてくれれば……」 「ぶっぶー! それ規約違反! ちゃんとトナカイ信用金庫から借りてください! でないとペナルティ! ぼくに言わせないでよ、こんなことぉー!」 「じゃ、寄付はどうだ?」 「少額すぎて無理! 寄付には回数制限があるから、コテージの部屋は買えません!」 「参ったな……」 「あの、どっちにしろ、俺は金とかいらないんで……」  タダより怖いものはない、という格言が、確かあったはずだ、と思いつつ奈斗がやんわり拒否すると、「じゃ、どうするんだ? 現実的に考えて」と切り返された。 「何かいい案はないのか? ルドルフ?」 「ぼくにそれ訊く? まあないこともないけど」 「何だ?」 「せっかく二人いるんだから、今日という日を祝して、カップリングテストすればいいんじゃないかな? カップリングテストにはコテージが必要だし、ぼくのデータによると、クリスさんのコテージは、カップリングテストを欲していると言ってもいい状態です!」 「却下」 「なんでぇー! 妙案なのに!」 「こいつにその気がないのに、できるか、馬鹿」 「しゅうん……ごめんね、お役に立てなくて……しゅうん……でも妙案なのに……」 「ああ、いや……仕方ないし。ルドルフさんも仕事なんだし、こっちこそ無理言ってごめん。俺、下のバーにいることにするから。クリスもありがとう。もう大丈夫だから」  言って、奈斗はクリスたちに背を向け、コテージに向かって歩き出した。 「金持ってないんだろ? どうする気だ? ナット」  クリスの声が、追ってくる。 「お金なくても水ぐらいなら、飲ませてもらえるんじゃないかな」  奈斗が言うと、石碑のあるところでルドルフが、「それ名案〜!」と叫んだ。

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