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第14話 イベント発生条件
二人して、空間にほろほろと消えていった文字をしばらく見ていると、いきなりピコン、と視界の中央に、ハート型のアイコンが出現する。半透明のそれは中に水が半分ほど入っていて、ヘルプを見ると、情愛の深さを可視化してあり、パートナーと親しくなることで、中の水が増えていく仕組みのようだった。
「これ……?」
奈斗が息を整えながら問いかける視線を投げると、クリスは驚いた顔をして、「しまった」と呟いた。ハーフアップにした後頭部をクシャクシャに掻いている姿を見て、奈斗はクリスに何か面倒ごとが起こったことを悟った。イベントが起こってしまったことが、クリスにとっての「しまった」ならば、イベントそのものが想定外だった可能性が高い。
「……クリス、とりあえず、あの、服着たいんだけど」
「え? あ、ああ……」
上からどいてくれたクリスに背を向けて服を整えている間も、ハート型のイベントアイコンがピコンピコンと視界に踊り、揺れている。奈斗は胸が軋むのを無視して、クリスを振り返った。
「このハート型のアイコン、イベントが起こったってことだよね?」
「ああ。悪い、ナット。俺は……」
「強制イベントじゃないなら、解除できないかな?」
「え? まあ……できなことはないが」
「できるの?」
「俺になら、できる。解除してほしいのか……?」
「……」
クリスが深刻な顔をして問うので、奈斗は気圧され、考えた。カップリングテストで出てきたイベントなら、二人で行うものである可能性が高い。もしもクリスが望んでいないのならば、解除してもらう方法を取るのも、選択肢としてはありえなくない。
そう考えたあとで、奈斗は、自分が何を望んでいるのか知り、絶望した。
奈斗が望んでいるのは、ここから先へクリスと進むことだ。
でも、クリスはきっと、本音では嫌だったとしても、奈斗が頼めば、義務と責任からイベント遂行を決めるだろう。
それだけは、嫌だった。
「これ、きっとカップルイベントだよね? なら、解除してほしい」
「ナット、俺は……」
「クリス。俺は、イベントだからって義務的にするのは嫌だ。どんなことであれ、誰かとするなら、合意がないと嫌なんだ。ごめん、難しいこと言って。でも俺には大事なことだから……」
「合意があれば、いいのか?」
「え?」
「合意があれば、俺としてくれるか。ナット」
その時、クリスのアイスグレーの眸に、光が宿った。
奈斗はその光が、欲情の証であることに、今になって初めて気づいた。
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