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第15話 強制終了の代償

「お前に話がある。どうしても聞いてほしい話だ。イベントを解除する代わりに、俺の話を聞いてくれるか?」 「わ、わかった」  奈斗が頷くと、クリスは指でタッチパネルを操作して、コンソールを開け、そこに何かプログラムを流し込んだ。奈斗が見たこともない複雑できれいなプログラムが、上から下へと色づいた記号で組まれ、流れていく。  しばらくして、ハート型のアイコンが消え、視界が元に戻った。 「これでしばらくの間は、誰にも気づかれないはずだ」 「今のって……」 「裏口を使った。内緒だぞ?」 「えっ」  バックドアが使えるのは、プログラムに精通した人間でないと無理だ。だが、奈斗の疑問を封じるようにクリスは身体を起こすと、奈斗の隣に座り、受け入れ難いことを言ってきた。 「俺は、トナカイじゃないんだ」 「え……?」 「このツノは偽物だ」  言うなり、ツノを持ち上げると、どういう仕組みになっているのか、ペロッと取れてしまった。 「うえっ!?」 「驚くのは早い。さっきバックドアを使ったから、もう少しで俺のIDにはペナルティが付く。長い間、潜ってたから忘れかけていたが、俺はトナカイじゃない。だから、お前にはもう、イヴデモでは逢えない」 「トナカイじゃなきゃ、何なんだ……? どうして指輪が光ったんだ? あれ、カップリングテストの結果だよな? 俺とクリスは、相性が悪くなかったってことじゃ……」 「半分正解。お前は俺のパートナーだ。ナット、お前のユーザーデータを見てもいいか? 許可をくれ」 「え、何? どういうこと?」 「頼む。時間がない。嫌か? 嫌なら、俺はここを去る。二度と逢えないだろう」 「嫌だ……! 二度と逢えないって、どういうことだよ。そんな話、聞いてない……っ」 「見るぞ?」 「ぁ……!」  奈斗の目の前で、コンソールに出たユーザーデータに対し、catをかけられる。 「いやだ、恥ずかしい……、やめてくれよ、クリス」 「もう終わった。痛くなかっただろ? これで、お前のデータを俺は記憶した。これで、探すことができる。お前のことを」 「意味が……」  わからなかった。遠くにサイレンの音が響いているのが聞こえた。もう時間がないのがわかった。このサイレンが止まる頃には、クリスとの別れが待っている。ユーザーデータを不正に閲覧した者が、バックドアからイベントを強制終了させた者が、放って置かれるはずはない。 「俺の本名は奈斗。奈斗英二だ……クリス。あんたは一体、何者なんだ……?」 「この世界での俺は、ひとつのイコンだ。監視があるから、ここでは名前は明かせない。だが、存在を明かすことはできる。その代わり、お前と一旦は別れることになる。それでもいいか?」  ぎこちなく奈斗が頷くと、クリスはそっと頬に左手を触れさせた。 「俺は、サンタクロースと言われている者だ。お前たちの、──雇い主の、ひとりだ」  刹那、クリスのホログラフがホロホロと崩れはじめた。  手を伸ばした奈斗の手を、クリスが取る。 「覚え、て、れ……た、らず、逢おう──……」  ホログラムは崩れ、光になって消えた。  奈斗は、頷いたが、その目がクリスの眸を捉えることはできなかった──。

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