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第19話 2021*イヴデモ再び
またこの季節がやってきたか、と大山静(おおやましずか)はため息をついた。
静の仕事は毎日数字を見比べることだ。株式会社SNTの経理部に配属されて三年目になるが、特に不平も不満はない。配属された当初は何度計算しても合計金額が合わない悪夢を見ることが度々あったが、慣れとは恐ろしいもので、今では何とも思わなくなっていた。
イヴともなると、同じ部署の者たちもいそいそと帰り支度をはじめる。忙しくともこの日ぐらいは早目に帰宅して、家族や友人と過ごしたいと考える者が多いからだろう。しかし、静はそういう付き合いがほぼなかった。四角四面に生きてきて、不自由を感じるのはカドが丸い人間と当たった時だけだ。しかも、大抵は自分の尖ったカドが相手を傷つけることが多かったので、静は自然と人と距離を取るようになってしまった。
いつか自分のこの鋭いカドに、ぴったり当てはまる誰かが現れるだろうか。
そんな夢みたいなことを考えながら、静はイヴデモアプリを使うようになっていた。
イヴデモアプリはクリスマスイヴにだけ立ち上げることができる、特殊なアプリだ。それをタップすると、どこともわからない南の島へ飛ばされ、ゆっくり羽根を伸ばすことができた。そこでは悪逆非道なサンタクロースに対し、トナカイがデモという名のバカンスを楽しむ示威行動をしていた。静は働きトナカイだったが、いつの間にか仕事に膿んで、イヴデモに招待される不良トナカイになってしまった。最初はトナカイのツノが生えていることに驚いたし、戸惑ったが、誰が傷つくこともなく過ごせる南の島でのつかの間の休暇は悪くなかった。
だから静はアプリを開いて、受付係のルドルフと交渉し、いつも大人しげな黒髪を赤髪に変え、金髪のトナカイを狩っるようになった。なぜ金髪かといえば、現実では絶対に出逢えないからだ。髪色を弄っていれば印象はかなり変わる。黒髪に戻り、現実世界でちょっとすれ違ったぐらいでは、互いに気づかないだろうし、プラチナブロンドが風を孕む様子をベッドから眺めるのは、飽きなかった。
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