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第一章 小屋に住む少年と狼 (三)
翌日少年の目が覚めた時、あまりの寒さに身震いがした。
戸を開けると空気は澄んでいてツンと冷たく鼻に刺さる。狼は戸を開けると同時に足元をすり抜けて外に飛び出し、元気に駆け回っている。
きっと今夜は雪が降るだろう。
かなり冷え込むことも予想できる。だが残念なことにこの家には暖房器具などは揃っていない。
毎年この時期は布団にくるまって極力動かないようにして過ごすのだが、今年はそうも言っていられなかった。
目の前を走り回る狼はこの寒さに耐えられているのだろうか。
この家にある布団は一組だけなので、狼に掛けてられる布団は無い。
悩んでいると、銀狼はそのまま森へ消えていった。
火でも起こせれば違うだろうが、風呂以外で火を焚くのは、万が一にも木造の家が焼けてしまっては住む場所が無くなってしまうので結局布団一枚で耐え続けていた。
そうこうしているうちに支度の時間となりいつものように身支度をした。
村から男がやってきて特に会話もなく愛のない愛し合う行為に及んだ。これはいつもの事だ。
だがしかし、今日に限っては男の方が不能だった。
「ねえ、この家こんなに寒かったっけ……」
男のそれは完全に頭を下げ、力をなくしている。
「去年もその前も寒かったよ」
男は少し悩んだ素振りを見せ、ある提案を持ちかけた。
それはここではない新しい家に移らないか、という提案であり少年の今の住環境を考えると断る理由は見当たらない。
これまでの少年であればすぐに頷いていただろう。だが……
「少し、考えてもいいかな」
この日その男は話を終えると帰ってしまい、この小屋に住んで初めて人に抱かれなかった。
だからだろうか、いつもより余計に部屋が寒く感じてしまってその場に留まっているのが少々苦痛だった。
まだ夜になったばかりで狼は帰ってこないだろう。
少年はふと感じたことのない寂しさに襲われ、あの狼が早く帰ってこないだろうか、と心のどこかで期待していた。
どうにも時間を持て余してしまい、体に疲労がないせいか眠ることもできず何となく戸を開けてみた。
すると、いないと思っていた狼は小屋の前にいて、驚くべきことに行儀よく座って小屋の戸をじっと見つめていたのだ。
少年が戸を開けたのを確認し、狼はその場で立ち上がった。どうやら時間が早いせいか小屋に入るのをためらっているようだった。
少年は膝を折りスッと両腕を広げた。
「おいで」
少年の声に耳をピクッと反応させ、しっぽを振って少年の胸へ飛び込んだ。
ザラザラとした舌が少年の頬やら鼻やらを舐め回す。
のしかかった体の背を擦るとふわふわとした体毛が手のひら全体をなでて気持ちが良かった。
「おかえり。お風呂に入ろう。それから今日も、一緒に寝よう」
一組の布団に十五歳の少年と大きな狼が寄り添って眠る。
狼はその体で少年を包み込むように横になっており、少年もまた狼にすがるように身を寄せた。
「呼ぶ名前がないのは不便だね。そうだな、君の目の色がとてもきれいな青色だからな。あお……いや違うな。もっと澄んだ綺麗な名がいい。ああ、明るく澄んだ青空のようだから……『みそら』なんてどうだろう。み空色って色があってね。漢字では御空、と書いて、御空の御は神聖なものとかに使われる字なんだ。美しくて高潔で……。うん、君にぴったりだ」
みそら、と呼んで少年が手を伸ばすと狼は少年の手をかすめ、少年の頭や顔に自身の額や首なんかを擦りつけた。
暖かく包まれる安心感に少年は眠気を誘われ、今度はストンと夢の中へ落ちていった。
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