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第一章 小屋に住む少年と狼 (五)

――結局人間は自分のことしか考えることしかしない。 今も昔も、少年の味方だった人間は母親一人だけだった。 残念ながら父親との面識はなく、生死すらわからない。 だがその母親も、少年が十二歳のときに不慮の事故で亡くなってしまった。 それからというもの守る盾がなくなった少年は、人間離れしたその美しい容姿のせいで周りの子供を始めその親達からもと後ろ指をさされ疎まれ迫害を受けるようになり、両腕には大きな傷跡が残った。 この世界は獣人の国とヒト族の国とで隔てられており、互いが交わらないようになっている。 それは大昔、ヒトの繁殖力の強さから急速に数を増し動物たちの住処が無くなっていったこと、絶滅の危機に瀕し対抗すべく動物達が進化を遂げ獣人に姿を変えて行き繁殖力を強めた歴史がある。 それ故に獣人族はヒト族を快く思っておらずヒト族もまた異端のものだと排除しようとした結果互いの争いが絶えなかったことから、ヒト族の王と獣人族のリーダーが平和条約を結び、海で隔てられた大陸でそれぞれ別れて暮らすようになった。 それから二千年経った今でもそれは続いており、今やヒト族の中では獣人の存在は伝説の生き物とされており、その存在を信じている者は少なくなっていて、人間を迫害するための異端を示す言葉として「獣人」と呼ぶことが多々あった。 抵抗ができないまま少年は陶治郎に抱えられて家を出た。家の外では正雄と男二人が待っており、彼らは動けなくなった少年を見るとニヤリと笑って歩き出した。 一歩一歩の振動で徐々に眠気がやってきてしまい、少年の瞼は今にもくっついてしまいそうだった。 「辛いだろう、少し眠るといい」 そう声をかけられ従ってしまいそうになる。だがここで眠ってしまえばいよいよ逃げられず、次に目をさますのは知らない屋敷の布団の中だろう。 そうなればきっとあの狼には二度と会うことはできないだろう。 ――最後にもう一度、あの青空のようなきれいな瞳を見たかった。もう一度あの暖かい場所で眠りたかった。 少年の目から狼への想いが流れ落ちた。 大切な思い出まで流してしまわないよう少年が目を閉じたその時だった。 「何だこいつは!……狼!?」 正雄の声に目を開くとそこには見知った銀色の体毛の狼が今まさに飛びかかろうとしているときだった。 正雄の肩に噛みつき、周りの男二人を蹴散らした。 すると少年を抱いた陶治郎にジリジリと歩み寄り、目を離さずに睨み続ける。 「わ、悪かったよ。落ち着け、落ちつけ……」 と後退りしたかと思うと、少年を手から離し、叫びながら背を向けて逃走を図った。 「痛っ」 雪が積もっているとはいえ、男の抱きかかえる高さからの落下は今の動けない少年にとっては大きな衝撃となった。 狼は少年の鼻に自身の鼻をツンとタッチすると走り去った男を追いかけて背後から噛みつき、太い悲鳴とともに逃げる足音とそれ以降の叫び声は聞こえなくなった。 「くそ……おいお前ら、とっととそのガキを連れて行け。こいつを逃したら大きな損害だ」 倒れていたはずの男二人は少年を米俵のように担ぎ、走り出した。 陶治郎に抱きかかえられていた時と違い、走る揺れがダイレクトに少年の腹を圧迫している。 少年は嘔気を催しながらも少しだけ残った力を腹に込め、大きく息を吸った。 「みそらーーーーー!」 「うるせえ叫ぶな!」 「あぅっ!」 少年を抱えていない方の男が少年の頭を殴った。脳が揺れたせいか、そのまま意識を失ってしまった。

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