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第一章 小屋に住む少年と狼 (六)

「んっ……」 目を覚ましたとき少年の体は狼のふわふわした毛に包まれており、よく見るとここはもともと少年が住んでいた小屋のいつもの寝室であった。 少年の起き抜けの吐息に気づいた狼は少年の顔をペロペロと舐め回した。 「わぷっ!あはは!くすぐったいよ。……お前が助けてくれたんだな。ありがとう」 ぎゅう、と狼の体を抱きしめると狼はスッと立ち上がった。 「え……みそら?」 外を見つめてから視線を少年に戻し、足を折り曲げて低い姿勢になる。 「……もしかして背中に乗れって言ってるのか?」 狼は少年を見つめたまま動かない。 少年は躊躇ったものの、いつまた正雄が連れに来るかわからない恐怖があり、三年前正雄が少年のために建てたこの小屋から一刻も早く逃げ出したかった。 「わかったよ」 少年を背に乗せた狼は森へ走り、迷う素振りを見せずにまっすぐ走った。 奥へ奥へ進み、ついに少年もどれほど進んだかわからなくなったあたりで急に走る足は止まった。 「みそら?どうかし……っ!」 ――何かいるのか。 少年を乗せた銀狼はしっかりと踏ん張り正面に睨みを効かせている。 少年もまた狼と同じ方向に目を凝らしていると、キラリと何かが光ったように見えた。自然と体が強張り、狼の背に乗せている手にも力が入ってしまう。 それに反応するように狼はグルグル唸り声を上げ、ガフッと鳴き声にもならない声を発した。 すると闇の中から銀狼より一回り小柄な一匹の茶色い狼が姿を現した。 しばらく目を合わせていた後茶色い狼は頭を垂れてしっぽを下げる。 銀狼は体を低くし少年を背から降ろすと茶色い狼に擦り寄り鼻を軽く噛んだ。 少年は銀狼の背後からその光景を不思議そうに眺めていたが、周りにも他の気配を感じ取り驚いたのか銀狼の首にしがみついた。 銀狼が首を持ち上げ遠吠えにも近い大きさで鳴くと、少年たちを取り囲むように潜んでいた狼の群れが姿を表し始め、その狼たちも目の前の茶色い狼のようにしっぽを下げて臀部に這わせている。 周りを囲んでいた狼たちが近寄ってきて、敵意のない穏やかな雰囲気に少年からは笑みがこぼれた。 「みそらすごいね。この狼たちのリーダーみたい」 少年が銀狼を撫でると銀狼も嬉しそうにしっぽを振り、少年に擦りついた。 茶色い狼が銀狼に視線を合わせ、くるりと背を向けて歩き出すと周りの狼たちもその背を追いかけ銀狼もまた少年を背に乗るよう促しあとに続いた。 奥へ進むと松明の明かりが見え、少年は慌ててしまう。 「待ってみそら!火が……人かもしれない!怖い……」 狼の背に乗ったまま少年は目をつむり、しっかりと背中の毛を掴んだ。 『安心しろ。君を追いかけてくる人間はここにはいない』 どこからともなく聞こえた声に少年はキョロキョロ見回すが、周りに人はおらず、こちらに視線を向けていた銀狼と目が合った。 「今の……みそら?」 その質問に対しての反応はなく狼は前に向き直ってしまった。 ――さっきの声は何だったんだろう? 少年が考えているうち灯りは近づき、次第にいくつものテントが見え始めた。 「わあ……すごい」 木々が生えていない少し開けた場所にいくつもテントが立ち並んでおり、焚き火もされていた。 人影は見えないものの、つい先程まで誰かがいた形跡がある。 広場につくと狼たちは銀狼の正面に整列し出し、少年は驚くべき光景を目にすることになった。 「シルヴァン殿下にご挨拶申し上げる。よくぞ無事に帰還してくださいました」 目の前で片膝を付き銀狼に頭を下げているのは人間、ではなく人型に獣の耳と尻尾を生やしている獣人であった。 よく見るとその後ろに控えていた他の狼たちも人型になって頭を下げている。 「え……獣人がこんなところに……まさか――」 驚きのあまり少年は気を失い、銀狼の背からずり落ちた。 「夜!!」 倒れる寸前少年を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、そのまま少年は意識を手放した。

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