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第二章 獣人の国と少年 (十二-前)
部屋に引きこもり、体調が優れないからという理由で夕飯を食べなかった。
ベッドで丸まって布団を頭から被っていたところシルヴァンによって医者を呼ばれる騒ぎになったが、仮病であり一日休ませてもらえばいいから協力して欲しいと夜宵が診察中に頼んだことで、診断は「疲労」になった。
医者を呼んでもらえるほど気にかけてもらっていることは分かったが、それにしても婚約者だという雌とベッタリくっついているのも、それを振りほどかないのも、楽しそうに笑っているのもどれもこれも気に食わない。
口では大事、大切、好きなどと言いつつ結局は決まった相手がいるではないか、と。
だが……
「綺麗な人だったな……」
そう。アリアはとても美人だったのだ。
耳が国王や第一王子と似ていることからライオンの獣人であることが予想できる。
若くて美人で血統としても申し分ない。それに何より彼女は――彼女と言うからには当然ではあるが――雌である。
夜宵は自身の下半身に手を伸ばし、今は硬さが無いものの確かにそこにあるモノに触れて溜息をつく。
「ある、よね」
シルヴァンは番にしてくれると夜宵に言った。
しかし少し考えればわかること、シルヴァンはこの国の第二王子である。
いくら兄のレオナルドが王位を継承したとしても王族であることには変わりなく、子孫を残さねばならないのは言うまでもない。
婚約者が居る以上立場としてはそちらの方が上であり、夜宵が「二番目」の妃となることは間違いなく子も産めない男子ではそちらの役には立てないためどう頑張ってもせいぜい愛人止まりだ。
そもそも獣人の「番」について夜宵はよく知らない。
シルヴァンから提案された時思わず頷いてしまったが、口振りからして結婚と同義と考えて良いだろうと思っていた。
しかし婚約者がいるとなると話は変わる。
獣人は複数との婚約が許されているのか、結婚と番とは意味が違うのか、それすらも知らない。
夜宵はとにかくこの国のことに関しては無知の赤子同然なのだ。
募る嫉妬をどう対処すべきか悩み、シルヴァンが部屋に戻ったら詳しく聞いてみようと決意した夜宵だったが、その日シルヴァンが部屋に戻らなかったことでその決意は無に帰すこととなった。
部屋でどうにか時間を潰してだんだんと空が明るくなる。あぁ、もう朝だ。
押し寄せる眠気に身を任せて夜宵は広いベッドで一人、眠りについた。
空の色がオレンジから深い青のグラデーションを作る時間、変わらず夜宵は目を覚ます。
だがやはり部屋にシルヴァンは居ない。
身支度をして下男とともにダイニングルームへ向かうと昨日とは座席が違うようで夜宵は入って右手、
王の席から数えて三つ目の席だった。
本来の並び順になったと言っても良いだろう。
王の席は最奥の席、左手に王妃でその正面にレオナルド、王妃の隣にシルヴァンで、シルヴァンの正面にアリア、そしてシルヴァンの隣には夜宵が座ることになっていた。
レオナルドとシルヴァン、アリアは既に席についていて、夜宵が来たことに気づくとシルヴァンは席を立って夜宵に駆け寄っていく。
「もう動いて大丈夫なのか?」
「平気だよ。お医者さん呼んでくれてありがとう」
素っ気ない口調だったにも関わらずシルヴァンは安堵の表情を浮かべた。
席に着くなりアリアは
「シルヴァン様はなんてお優しいのかしら!」
などとシルヴァンを褒めたたえ、矢継ぎ早に幼少期からの思い出を振り返り始める。
夜宵が興味を示してしまえば思うつぼ、アリアは夜宵に対しマウントを取ろうとしているのが一目瞭然であるため聞き流すしかなかった。
その日の夕食はせっかくの王宮の料理にもかかわらず味を感じる余裕などなく、アリアの甲高い話し声をBGMにして黙々と胃に流し込んだ。
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