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第二章 獣人の国と少年 (十二-後)

これが三日続き嫌気が差し始めた夜宵だが、この日はいつものように夕食を食べた後アリアの部屋に呼び出された。 部屋を尋ねるとアリアは笑顔で出迎える。 そこは客間の一つであるが煌びやかなドレスや装飾品が飾られていてまるで別の部屋のようだった。 ドレスの細かな刺繍や装飾が部屋のライトを受けて様々な角度に光を放つ。 置かれたアクセサリーも細かい技巧が凝らされており、これら全てがアリアの美しさをより引き立てるのだろう。 「そちらに座ってくださいな」 テーブルを挟むようにして置かれているソファの片方にアリアは座っており、その正面に座るよう指示する。 夜宵が腰を下ろすとアリアは笑顔を引っ込め、彼女の周りから冷たい空気が広がり始める。 「貴方、レンからいらしたそうね。シルヴァン様のお気に入りだとか……。単刀直入に言うわ。貴方、シルヴァン様に近寄らないでもらっていいかしら?」 「……はい?」 「分からないかしら?邪魔なのよ貴方。私は幼い頃からシルヴァン様の許嫁なの。色々あってお城を出られていたけれど、戻ってきて下さるのを私はずっと待っていたのよ。貴方が居るからシルヴァン様がずっと貴方の世話を焼かなければいけないの。迷惑なのよ。いくら異国から来たからと言ってこの位はわかるでしょう?だから、離れてちょうだい」 アリアは正面から夜宵を睨みつけ、シルヴァンと話す時のような甲高い声ではなく、低く冷徹な声を放つ。 「……僕を連れてきたのはシルヴァンだよ」 「それでもよ。男の貴方はなぜ彼と一緒にいるのかしら」 子を産めない、その言葉が夜宵の心を抉っていく。 そうだ、夜宵は男だ。 たとえこの先体を重ねることがあるとしても、その行為に意味はあるのだろうか。 夜宵にとって体を重ねることは、即ち生きることである。 抱かれることで生活に必要なものを得る、そこに生殖など関わってしまったらこういう風には生きられなかったはずだ。 このやり方で生きてこれたのは子を産む機能のない男だから。 彼女に勝ち目などあるはずがなかったのだ。 何も言い返せずにいると彼女は追い打ちをかける。 「国王様に謁見を許されたそうね。そこで国王様にお許しの言葉をいただけたのかしら?」 夜宵は謁見の時の様子を思い返す。 王は夜宵のことを愛らしいとは言っていた。その他といえば、どうやらシルヴァンと何やら賭けでもしていたのだろうか「負けだ」という言葉を聞いたことは確かである。 だが夜宵とシルヴァンの番関係についての話は一切していなかった。 食事に招待して下さったが、優しくしてくれただけで特に何かあった訳では無い。 もしかしたら彼はレンから来た身寄りの無い可哀想なヒト族を哀れに思い優しくしてくれただけなのではないか、もしかしたら邪魔に思っているがシルヴァンが居る手前言い出せないだけではないか、そんな思考がめぐり始める。 「ここに来るべきではなかったわ。貴方は招かれざる客なの」 ハッキリ突きつけられた言葉が胸を締め付ける。 シルヴァンに会いたい。けれど、今は会いたくない。 目の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。 「お可哀想に。シルヴァン様の優しさは誰彼構わず救ってくれるわ。しかし時にそれは残酷に、誰かを傷つけてしまうものなのね」 アリアは席を立ち、夜宵の肩にポンと手を置く。 「色々言ってしまってごめんなさいね。ではまた明日のお夕食でお会い致しましょう。急にお呼びしてしまったにも関わらず来て下さりありがとうございました」 アリアは部屋の奥に姿を消した。 「ヤヨイ様、戻りましょう。……大丈夫ですか?」 夜宵の顔は血の気が引いていたことだろう。鉛が付いているかのように重くなった足を引きずるようにして何とか部屋に戻る。 「ココ、大丈夫だよ。今日はもう下がって」 「え、でもヤヨイ様……」 「今日は出かける気にもなれないし、この王宮からは出ないから」 渋る下男を説得し、下がらせる。 部屋の椅子にはシルヴァンが座っていた。

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